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【2025/03/11 02:31 】 |
n041 信長元服 (細川家)7
洛中の復興が進む中、六角家の嫡男義賢と桜姫との婚儀の話が持ち上がった。提案したのは重臣筆頭・三好長慶である。長慶は遼太郎の意を全く介することなく、婚儀の有用性を家臣一堂に説き、主君晴元に決断を迫った。晴元は一旦評定を中断させ、後日決断を下すことを皆に約した。

「一体どーしたいんだよ、遼。」
「したいって何が?」
「親友の俺にまですっとぼけてんじゃねーよ。桜様の縁談のことに決まってんじゃねーか。終いには殴るぞ。」
「・・ててて。殴ってから言うなよ。どうしたいもこうしたいも桜姫が幸せになるならそれが一番さ。」
「顔も見たことのない男の元へ嫁いでいくのが果たして幸せだと思うか。」
「一介の侍に嫁ぐよりかは何ぼかマシな生活が送れるさ。」
 室町御所に用意された城代の部屋で、遼太郎は数多の部下からの報告書に目を通していた。
いつもの飄々とした掴みどころのない笑顔を浮かべながら、遼太郎はてきぱきと政務をこなしていく。
「・・まったく。心中はどうあれ、お前の手と頭はよく動くのな。呆れを通り越して感心するぜ。」
 竜之介が嘆息しながら、どかっと遼太郎の脇に腰を下ろす。
「なあ、遼。お前の桜様へのその程度のものだったのかよ。長慶の野郎の薄汚い策略で、ほいほいと他の男に奪われるのを黙って見ていられるのか。」
「・・・俺だって悔しいさ。諦められるわけないだろっ。ずっとお慕い申し上げてたんだぞ。」
「ふーん。だったら、なんでこんな所で大人しくしてんだよ。さっさと桜様に気持ちを伝えてこいよ。」
「そんなの無理だって。殿が手塩にかけて育てられたお方だぞ。俺みたいなもんが何を言ったって、無駄なんだよ。」
「言ってみなけりゃ分からねーだろーがっ!」
 怒りの闘気を放ちながら、音もなく立ち上がった竜之介の渾身の蹴りが、遼太郎の背中に叩き込まれる。
ぐへえ!と痛すぎて声も出せないほどの悲鳴を上げながら、遼太郎は涙目で竜之介を睨んだ。
「煮え切らねえこと、言ってんじゃねーよ。背中押して欲しいんなら、いくらでも押してやるさ。それが親友の役目ってもんだからな!」
「分かった!やめろ。お前のそれは『押す』なんて水準じゃねーだろ。・・全く、俺じゃなかったら一週間は寝込むぜ。」
「お前以外にはやんねーよ。さ、もう一発気合入れてやろーか?」
「いや、もういい。」
 遼太郎は手で竜之介を制しながら、すくっと立ち上がった。そしてすたすたと奥御殿へと歩いていった。
「ばーか。最初からそうすりゃいいんだよ。」

 桜は縁談の話を姥から聞かされてから、不安で胸が張り裂けそうだった。
父上は一体、どのような結論を出すのだろう。私は六角家へと嫁ぐことになるのだろうか。
遼太郎様のあの笑顔はもう見られないのだろうか。・・・知らず、桜の目から涙がこぼれていた。
土台無理な話とは分かっていても、できればいつまでも嫁ぐことなく当家に留まり、遼太郎と与太話に興じていたかった。
彼との時間がどれだけかけがえのないものだったか、今わの際にあって桜は悟った。
(私は心底、あの方に恋をしていたのだ。)
 その時、表の方から喧騒が聞こえてきた。
「お待ちくださいませ!中村殿。こちらより先は奥の間ですぞ。お立場を弁えなさりませ!」
「ええい、どけい。どかぬか。火急の時なのだ。後生だからどいてくれ!」

 遼太郎の声が聞こえた途端、桜は思わず部屋を飛び出していた。
 そして庭の真ん中で侍女達に群がられている遼太郎の姿が目に飛び込んできた。
「遼太郎・・様。」
「姫!」
 桜は履物も履かずに、庭へ飛び出し、遼太郎の胸へと飛びこんだ。
遼太郎は思わぬ出来事に目を白黒させている。こういう時、想像以上の行動力を発揮するのは実は女人の方かもしれない。

 一部始終を見ていた姥から報告を受けた凪は、遼太郎を咎めるどころかうれし涙を流したという。そして夫晴元へ事の次第を説明し、桜の幸せを第一に考えてやって欲しいと懇願した。それは六角家への輿入れを意味してはいない。
 晴元は熟考の結果、この一件に関して、家臣団に不満を言わせぬ為、持隆、長慶、久秀の三人に自身の保有する国宝級の家宝を惜しげなもなく分け与えることにした。いわば物欲を刺激して心を買おうという下衆なやり方ではあったが、この三人には最も効果的な方法でもあった。
 おそらく長慶も実は最初からこれが狙いだったのだろう。喉から手が出るほど欲しかったはずの茶碗をいかにも素っ気無く受け取ると、あれほどの論陣を披露していたにも関わらず、黙って引き下がり以降は何も言わなくなった。


 こうしていろいろと裏工作はあったものの、家臣一堂の賛同を受けて、目出度く遼太郎と桜が縁組することが決まった。
 婚儀は盛大だった。義孝や竜之介の余興に人々は笑い、晴雅の唄に女官たちはうっとりと聞きほれた。そして遼太郎と桜がにっこりと微笑みあう姿を見て、晴元は二人を結びつけた決断に間違いはなかったことを確信したのだった。


 年が改まると、室町御所の修復を終えた細川家は前年から遺恨のあった筒井領へと進攻した。竜之介は室町御所から出兵するとともに、石山御所にも援軍の派遣を要請し、伊賀大和の国境で合流することを定めた。途中、筒井家からの停戦交渉はあったものの、それを無視して軍を進めると、筒井家はあっさりと白旗を上げて見せたのだった。


 難なく伊賀大和の地を手に入れた竜之介は褒美に『大和守護』の役職を授けられると共に、八千の兵を率いることを許された。数々の武勲を上げてきた竜之介に対し、妥当な行賞であると言えよう。
 

 その頃、室町御所には不穏な空気が漂っていた。隣国斎藤家と六角家が示し合わせたかのように、大軍団を室町御所へ差し向けたの報が入ったのである。筒井家進攻により洛中の警備が手薄になった一瞬を狙ったものであった。御所の留守を預かる杉隆滋は敵到来の報を方々に送ると共に、洛中の周辺に砦をいくつも築き、時間稼ぎを図った。
 一方筒井城で修復作業に当たっていた竜之介は、洛中危機の報に接し、旧知の間柄である服部保長の元を訪れていた。
「久しいな、保長殿。」
「竜之介殿もしばらく会わぬ間に大した出世振りで。」
「いやいや。早速だが此度ここに参ったのはそなたの力を借りたくてな。」
「察しはついております。私欲に目が眩んだ斎藤と六角両家の軍勢の後背を我らがかき回せば宜しゅうございますな。」
「話が早くて助かる。この恩には必ず報いる故。」
 

 先の洛中攻防戦を上回るほどの大規模な戦が展開された。杉が建設した砦が破壊され、一時は御所の警備を空にしなければならないほどの激戦が繰り広げられたが、服部保長の伊賀忍者が斎藤勢と六角勢を撹乱し、石山御坊の援軍が到来すると次第に細川勢の優位は確たるものになっていった。杉はここぞとばかりに斎藤勢に追撃を行い、その大部分を壊滅させたところで、意気揚々と御所への凱旋を果たしたものである。此度の戦乱の結果、斎藤家と六角家はその兵力をかなり減らすこととなり、細川家の名声はますます高まることになった。


 細川家にはかねてから領内への南蛮宣教師による布教活動に寛容であった為、南蛮寺(教会とうらしい)の建設が至る所で行われ、領民の中にはキリスト教で洗礼を受ける者も現れ始めた。晴元は文化の多様性が広がることをむしろ喜んだという。
 
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【2015/11/02 02:08 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n040 信長元服 (細川家)6
 洛中攻防戦が始まった。細川勢はほぼ北水館出身者で構成される枚方衆(根拠地は枚方城)が中心となって、京の都に押し寄せた。対する足利家は剣豪将軍・義輝が自ら剣を取って前線に立ち、抗戦を繰り広げた。文字通りの死闘が繰り広げられ、細川勢にも壊滅する隊が現れた。

    そんな中、隆滋の撹乱工作が奏功し、御所の守備兵が浮き足立った隙をついて、遼太郎の放った忍びが城内に侵入した。そして御所内の武器庫などの要所に次々と火を放っていく。
「御所に火の手が上がったぞ!もう駄目だ!」
 更に足利の手勢に扮した忍びが絶望的な悲鳴を上げて、周囲の兵に恐怖を伝播させていった。
それにより足利勢の一隊が壊滅したが、義輝の統率力所以か。一気に瓦解しないところは流石である。それどころか細川勢の一隊が逆に壊滅させられてしまうほどだった。
 

「流石だな、将軍の肩書きは伊達じゃないってか。」
「ふん。これから死す者に褒められてもうれしゅうないわ。」
 激しくうちあう義輝と竜之介の死闘はまだ決着がつきそうにない。
 その時、細川陣中から法螺貝が鳴り響いた。思わず振り向いた人々の目に映ったのは大きな黒い塊のようなものが洛中になだれ込んでくる様子だった。それは甲冑をまとった兵士の大軍だった。石山御坊からなんと1万もの増援が到着したのである。おかげで石山御坊はほぼもぬけの殻になってしまったが、そう待たずして岸和田城から守備兵が到着する手筈になっている。昨今勢いを増している重臣派に借りを作るのは癪だったが、背に腹は変えられない状況だった。この洛中攻略戦は枚方衆にとっていよいよ総力戦となり、この増援で押し切れなければ後がないため必死だった。
「援軍じゃあ。これで我らの勝ちは約束されたぞ!この勢いで一気に攻め立てろ!」
 遼太郎の指示で兵達が次々と己を鼓舞し、敵を煽りたてた。これまで一進一退の攻防が繰り広げていたが、ここに来てようやく細川方が優勢になりつつあった。義輝は竜之介との勝負に見切りをつけ、兵をまとめて御所の守りを固めた。ここが正念場とばかりに杉隆滋が兵達に檄を飛ばした。
「衝車を前面に押し出せ。弓隊は突貫隊の援護を行え。出し惜しみすることなく、すべての矢を打ちつくすのだ。かかれえ!」

 戦は最終段階に突入した。劣勢になってもまだ士気が下がらない足利勢と、死力を尽くして攻勢をかける細川勢との意地の張り合いのようなものだった。義輝は戦の前に全国の諸将に放った檄文が功を奏してくれることに最後の望みをかけていた。ここで守備を固めて戦を長引かせれば、管領細川晴元の名声は謀反人の名と共に地に落ちる。足利家に恩義を感じている大名が援軍にかけつけるかもしれない。例えそれが欲にまみれた者であろうとも。だが、残念なことに2ヵ月が経過しても足利方に援軍を寄こす大名は現れなかった。義輝は失意のうちに足利家のおかれている状況を再認識したのであった。義輝が和議を申し入れたのはそれから数日後のことであった。
 義輝の命と引き換えに、将兵達の命を救って欲しいとの申し出を遼太郎は突っぱねた。
「真の将軍たる器であった武人の生を散らすわけには私にはできません。義輝殿には恥を忍んで生きる道を選んでいただきたい。そうでなければ皆殺しにしますよ。」
 将兵の命を質にして、暗に義輝の自害を食い止めたのである。そしてそれが分からぬ義輝ではなかった。熟考の末、彼は細川家の軍門に下ることを決意した。ここに足利家は終焉を迎えることなり、洛中は細川家の支配下におかれることになった。

 
 義孝の工作もあり、朝廷からは、此度の戦勝に対して、細川家に労いの使者が遣わされた。さらにもし晴元が望めば公卿の斡旋で、全国の有能な士を召し抱えることも許されたのである。この戦国の世にあって、優秀な人材は全国のどこにでもいるはずだった。だがそんな彼らも伝手や運がなければ、仕官は敵わない。不遇の時を過ごしている者はたくさんいるはずだった。


 枚方衆が室町御所の修繕や洛中周辺の防衛に追われている頃、ようやく久秀ら革新派が讃岐の一揆を鎮圧した。荒廃した農村を復興させるにはまだまだ時間がかかるだろう。そして一門衆からは筒井家に寝返る家臣が現れて、ますます立場を悪くしていた。


 この機に乗じて今唯一勢いのある重臣派が、次々と自身の掲げる政策を展開し始めた。その一つが領内における「関所の撤廃」である。これが実現すれば、納税の義務を軽減された商人たちの交易が活発になるはずだ。そしてもう一つが「製図」を作成し、領内の細川家御用達の鉄砲鍛冶に配布することだった。強力な武器である鉄砲の生産技術はまだまだ未熟だが、製図が完成すれば生産力は飛躍的に向上するはずである。


 南蛮からの異教徒文化の伝来により、日本各地で「きょーかい」なるものが建てられ始めた頃、洛中では疫病が流行りはじめた。枚方衆もそれは例外ではなく、多くの将兵が病に倒れていった。
【2015/10/31 22:22 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n039 信長元服 (細川家)5
銀杏の葉が赤くなる頃、本格的に細川家の摂津攻めが始まった。今回も大将として軍を率いる竜之介は、十河一存の敷いた行軍路(妨害工作により既に一部は潰されているが。)を通り、難なく国境の本願寺砦へ接近することができた。だが本願寺勢も主力部隊の他、加勢に馳せ参じた僧兵や一向宗らの団結により予想以上の抵抗を見せ、細川勢に夥しい出血を強いた。
 一時はさながら地獄絵巻のような様相を見せた細川方陣中にあって、長尾咲率いる随行医療隊は傷病兵の手当てに追われていた。
「はわわわっ!落ち着いてくださいまし!傷はそんなに深くはありませんよ。気丈になさって!あれっ、もう軟膏が足りませんわ。」
「咲様こそ落ち着いてください。その方が血を流されているのは額ではなく、腕ですよ。」
 傍らの看護長に叱咤されながらも、咲は本来の落ち着きを取り戻してきぱきと傷病兵の手当てを進めていった。戦場での混乱には不慣れなだけで、元々有能な医師なのだ。ともかく医療隊の献身的な看護により、傷病兵は早々の回復を果たし、再び戦場へと戻っていくのだった。
 次から次へと沸いて出る細川勢を観て、あたかも兵力が無尽蔵であるかのように感じとった本願寺勢は、まず先陣の兵達が明らかに動揺を見せるようになった。
 勝機を見て取った遼太郎と竜之介はここぞとばかりに突貫を試み、その作戦が功を奏して本願寺勢の防衛砦を、昼夜を分かたぬ猛攻の末に陥落せしめることができた。摂津に入った竜之介らの眼下に広がるのは、石山御坊までは遮るもののない平坦な大地が広がるばかりだった。


「進め進め、今が好機ぞ!敵が応戦体制を敷く前に、一気に石山御坊に取り付くのだ!」
すかさず杉隆滋の下知が飛び、鬨の声を上げて細川勢がどっと摂津領内になだれ込んだ。
 本願寺勢の散発的な抵抗はあったものの、全く意に介することもなく、それらを瞬く間に蹴散らしていった。 石山御坊から出撃した遊撃兵団すらも一戦してすぐに総崩れとなり、散り散りになって逃げ出した。が、城に篭る守備兵は細川勢が至近に迫りくるのをみて恐れをなし、城門を開けようとしなかった。
「開けろ!俺達を中に入れてくれ。」
 帰還兵が口々に叫ぶが、城兵は全く応じる気配がない。怒号が飛び交う中、とうとう帰還兵の中には寝返るものまで現れ始めた。本願寺勢の同士討ちの混乱に乗じて、易々と城門を突破した隆滋は城内の要所を次々と押さえ、ついに本丸にて総大将・本願寺証如や一門衆・願証寺証恵らを初めとした一線級の将を生け捕りにすることに成功したのである。本願寺証如にはすぐに逃亡されたものの、ここに石山御坊は陥落し、細川勢の掌握するところとなった。
 

 本願寺の将らは牢へと放り込まれたが、獄生活を送る数日間の間に最期を悟り、大人しく仏に祈りを捧げたり、只管念仏を唱えていた。だから不意に現れた遼太郎から出獄を促された時には、皆死を覚悟していた。だが思いがけず縄目を解かれて、城門の外に案内された時にはだれしもぽかんとした表情を見せた。
「・・我らをどうするつもりじゃ。」
「どうするも何も解放するのです。分かりませんか。」
「何ゆえか。戦に敗れた者は死者となるか捕虜として勝者の道具になるのが、戦国の世の倣いであろう。そうでなければ何のために戦う道理がある?勝って自分達の思いのままに国を作るのが我ら共通の願いではないのか?」
「確かに負けたくはありません。できるなら早くこの荒んだ世を平和に満ちた、民が笑って過ごせるような世にしたいと思います。ですが泰平の世を敗者の死屍累々の上に築こうなどと思ってもいません。」
「侮るなよ、そんな甘い考えが通ると思うか。」
「思ってますよ。割と真剣に、ね。」
「ふん、了解した。そなたがかような甘い戯言をいつまでほざき続けていられるか楽しみに見ててやろう。・・・さらばじゃ。次に戦場で敵として会うた時、情けをかけることはないぞ。」
「一向に構いません。何度でも我らが勝ちますので。」
 言葉とは裏腹に、願証寺証恵らは幾分かすっきりとした表情で加賀の本領へと落ち延びていった。彼らを見送った後、一部始終を物陰で見守っていた竜之介が遼太郎の肩をぽんっと叩きながら呟いた。
「伝わるといーな。お前の平和を希求する想いがあいつらにもさ。」
「信じてるさ。彼らだって、誰もが幸せになれる世の中を作りたいって考えてる。そう、根っこのところは皆、同じことを考えているんだってね。」
「さあて、上のモンらに詫び状を書くかねえ。捕虜に悉く脱走されましたって。」
「すまん・・俺の我儘で。」
「いいってことよ。国ひとつ手に入れた大功績があるんだ。幾らなんでも殺されることはないさ。」


 竜之介の言うとおり、彼らが処罰されることはなかった。そんな事よりももっと大きな火種が細川家には持ち上がっていたのである。
 それは松永久秀が野望を顕にし始めたことだった。細川家・四国勢を実質的に牛耳る彼は、半ば独断で北伊予や東土佐への敷設を始め、行軍路の途中には砦の建設も着々と行っているのだ。
その露骨な行動に細川家の諸将は噂に事欠かなかった。
「久秀殿は徒に河野や長宗我部を刺激しているように見えるが。」
「四国勢は軍事面に関しては、質量共に充実している。二正面での戦となっても勝てると踏んでおられるのだろう。」
「だが、河野はともかく長宗我部は厄介だぞ。それに海を挟んだ備前備中の浦上家にも気をつけねばなるまい。」
「功を焦っておられるのかもしれん。最近ぽっと出の若造ばかりが手柄を上げるのでな。」
「元は野心多き方だ。これまでが大人しすぎたのさ。」
「だが、公算なき拡張にはいつか限界が訪れるぞ。それが分からぬお方でもあるまいに。」


 時を同じくして本城・岸和田城に居座る一門衆筆頭の細川持隆も行動を起こし始めた。伊賀大和へ物見を頻繁に放ち始めたのだ。そして国境では砦の建設に着手していた。明らかに筒井領への侵攻を画策しているのが諸将には見て取れた。
 持隆は形式ばかりの評定を開いて重臣派だけで勝手に筒井家への侵攻を決めてしまった。ちなみに久秀にいたっては、事前に晴元に一通の書状で連絡を寄こしたのみである。


「今度は持隆殿か。一体どうなっているのだ。」
「久秀殿に煽られた・・という訳でもあるまいが。」
「殿に『兵農分離策』を説かれたとも聞くぞ。」
「農民と兵士を切り離すとかいう例の案か。発案は中村殿とも聞くが。」
 一門衆と革新派が積極的な領土拡張策を推し進める中、三好長慶ら重臣派は不気味なほど静観を保っていた。今はまだ動くときではない・・果たしてそう考えているのだろうか。

 そんな各派閥の動きにも一切動じる気配を見せなかった遼太郎や竜之介らだったが、ある報が彼らを震撼させた。なんと、北水館出身者中で稀代のアホと名高い青山春雅が元服し、細川家に召抱えられたというのだ!


「まずいまずいぞ!あーなんてことだ!殿はなぜ彼奴をお抱えになられたのだ!?」
「北水館出身者であればヨシ・・とお考えになられたのではないか。我らが少々目立ちすぎた為にな。自分で言うのも面映いが有能揃い、としてな。」
「誤解もいいところだ。あいつの取り柄はお綺麗な顔ぐらいだぞ。」
「どうもあの端麗な容姿と率直な物言いを気に入られて、傍仕えを許されているとか。」
「政事を引っかきまわさねば良いが・・。」
「いくらなんでも大した功績もない青二才を表舞台でいきなり重用されることもあるまい。せいぜい姫様方が御懐妊されたとかいう類の話を聞かされることのないよう祈るばかりだ。」
「(桜様に手を出したら・・いくらあいつでも承知せんぞ・・・。)」
「ん?何か言ったか?」
「あ、いや・・・・」

 果たして、二人の杞憂は現実となった。名誉の為にも姫の一人が身篭った・・・というわけでないことは先に断っておく。
 春雅が晴元の役に立ちたいとばかりに、波多野家に使者として出向き、両家の誼をより一層深くして見せると息巻いたのだ。そこまで言うならと色眼鏡になっている晴元の許しを得て、意気揚々と丹波・八上城に出向き、波多野稙通との交渉に臨んだ彼は、なんと波多野家の要請を独断で受け入れたのである。


「依頼内容は『室町御所の攻略』だとお!」
「管領が将軍を攻めるなぞ、前代未聞じゃねーか!?」
「あ、いや元々目の上のたんこぶかな~って、思ってたし。」
 八上城からの帰路、意気揚々と石山御坊に立ち寄ったいる立ち寄った春雅は、口をぽかんとさせる遼太郎と竜之介にあっけらかんと言い放ったものである。
 確かに武士に二言はなしとの例えどおり、『一方が困窮した折には、互いに力になる。』という誓約を交わした同盟相手の申し出をあっさりと断るのも難しい。戦国の世でそういった信義を大事にするのは今後の外交を思えば重要なことである。梟雄と評される者らからすれば、鼻で笑い飛ばしそうな話であるが。だが無理難題にあっさりと応じる馬鹿はいない。
 だからこそ、そこを上手く立ち回るのが使者に課せられた責務であり、実力の発揮どころであるはずだが、目の前でかんらかんらと高笑いしている春雅にそれは望みようもなかった。
 ただ一度受けた話を断っては晴元の顔を潰すことにもなる。かくして細川家中に半年以内に山城へ進攻するように命が下ったのだった。


そんな中、紅葉姫の髪結いの儀が執り行われたのだが、残念ながら家中全体が騒然としており、祝いの品もそっけないものばかりだった。見目麗しき彼女は父・晴元から空々しい祝いの言葉を投げかけられて「き~~っ!」と癇癪を起こしてみせたものである。



     
【2015/10/31 10:09 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n038 信長元服 (細川家)4
山中竜之介を総大将とする細川勢は紀伊への侵攻を開始した。北水館時代の後輩・岡田三郎太らの活躍もあり、見事雑賀城の攻略に成功したのだった。


 雑賀城に入った竜之介は、鈴木家の主だった面々の投降を受け入れた。本国の裁可を仰いだ結果、彼らは皆、細川家の傘下に組み入れられることになった。広大な紀伊の地を手に入れ、勇猛果敢な武将の取込にも成功した細川家の名声はますます高まり、管領晴元は名ばかりでなく実を伴うことを世に知らしめることに成功した。


 遼太郎の活躍もあって、雑賀城の修復をあっと言う間に終えることができ、すぐさま紀伊に広がる荒野の再開発を推し進めることに決まった。たちまち各地の諸将が雑賀城に集められ、事前に開かれた評定では、細川家の今後の方針について討議が繰り広げられた。
 口火を切ったのは一門衆筆頭の細川持隆である。彼は寺社を保護する有用性を説いた。
「戦乱の世にあって、人心を安定させているのは、御前で申し上げるのも憚りながら、僧らによる教義に因るところ大である。先の戦で荒廃した紀伊の人心を掌握するためにも、今こそ寺の建立を推し進めるが良かろうと存ずる。それにより民の心の平穏を取り戻せば、紀伊の地への民の定着を促し、引いては収入基盤の確保が約束され、我が細川家の行く末は磐石となるであろう。」
 

 対抗するように重臣・三好長慶は声を張り上げた。
「僧を加護しすぎると、一向宗門徒らの支持により強大化している隣国・本願寺家の驕慢を助長することになりはせぬか。そのような利敵行為を黙って見過ごすことはできぬ。それよりも紀伊の地を後方支援の要とし、金・兵糧の一大生産地とすべし!」
 また革新派からは角度の異なる提案がなされた。
「主力である足軽隊を強化するには皮布の一層の確保が必要でしょう。ただ領国内唯一の生産地・阿波から供給される量だけではとても足りませぬ。ここは本願寺家の有する皮布生産地を奪取するのが宜しいかと。」
 

喧々諤々の議論が交わされた結果、それぞれの案を一部取り入れる折衷案がまとまった。
すなわち紀伊の商人町、農村の復興と寺社文化の振興、それに皮布生産地を有する本願寺家の攻略準備を開始するというものであった。

さっそく兄・長慶から命を受けた十河一存は岸和田城への帰還を果たした後工作隊を編成し、摂津内の行軍路の敷設作業を開始した。それは敵砦の策敵範囲のぎりぎり外を迂回するという危険を伴う作業であったが、一存はいささかも動じる気配を見せなかった。
【2015/10/29 23:54 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n037 信長元服 (細川家)3
細川家では三大派閥が主導権争いを繰り広げていた。

・細川持隆を首魁とする一門衆
・三好長慶を首班とする重臣派
・松永久秀を代表格とする革新派

 北水館出身者は今のところ、いずれにも与していない。
 各派閥にしてみても、若輩者を相手にしていなかったというのが本音だが、この1年で数々の成果を上げた彼らが無視できない存在になりつつあるのは確かだった。

 秋の重臣会議にて、細川家は富国強兵を全面的に推し進めることが決定された。
 領内の町では、優遇政策により大商人を次々と誘致し、寂れた自由市がより活気の見込める商館街へと生まれ変わっていった。また沿岸地域では、漁業技術が見直された結果、放棄された畑の代わりに漁戸が次々と立ち並ぶようになった。
 これらの施策により、より多くの金と兵糧の増収が見込めるようになっている。

 軍事面では窮屈な兵舎が取り壊され、戦場での立ち回りを教示する道場施設が付加された大兵舎が建設された。
 そして岸和田城では当主晴元の陣頭指揮の下、改築が進められ、本丸に御殿が建設された。眼下に攻め寄せる投石攻撃を容易に行えるようになり、防衛力がより強化された。


 それらの陰で、密命により大西頼武の指揮する工作隊が、紀伊に向けて着々と行軍路を敷設していた。作業は雑賀城にいる鈴木家に気取られぬよう、慎重に進められた。


 そんな中、細川晴元は正式に紀伊攻略に乗り出す決意を家臣達に伝え、準備を進めるよう指示をした。いずれ組織される遠征軍の指揮をとる大将には、驚いたことに軍事奉行である竜之介が命じられた。しかも大将が無位無官では様にならないという理由で、竜之介には従七位の下・典膳が与えられたのだった。


この晴元の独断には、各派閥から非難の声が上がったことは言うまでもない。
【2015/10/28 01:42 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
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