忍者ブログ
  • 2025.02
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • 2025.04
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【2025/03/11 05:29 】 |
n036 信長元服 (細川家)2
遼太郎の発案で、細川家では全国に先駆けて「木版印刷」が導入された。行政の効率化を促し、主君晴元と長女桜姫から大層喜ばれた遼太郎は、一層の働きを見せることを誓ったのだった。

季節が移ろい、年が改まると、細川家では大規模な人事異動が行われた。
河内和泉、阿波、讃岐の全家臣が目まぐるしく配置換えをすることになったのである。


引継ぎが慌しく行われ、一時は家中の混乱を生み、そのような指示をした重臣・三好長慶の判断を疑う者も現れたが、それを公然と口にする者はいなかった。emoji
長慶は細川家中でも大勢力を誇る三好一党を率いる重鎮中の重鎮だが、
良からぬ噂を持つものとしては久秀とまさに双璧を成していた。
 
だが、そのような大混乱を生んだ配置換えだが、思わぬところで適材適所を証明した者もいたのだった。
その筆頭と言えるのが、北田義孝であろう。
宮廷工作の任を与えられた彼は、細川家の収入の実に15%に及ぶ資金を朝廷に献上することを進言し、晴元の許しを得ると、生来の人当たりの良さも生かして左大臣の子・菊亭晴季に接近し、見事細川家に典膳の官位を与えられるよう取り計らったのである。室町幕府の役職としては管領という高みに上り詰めた晴元も、朝廷から下賜される官位は従四位の下・右京大夫止まりであり、従七位の下とは言え、家中の者を自由に典膳の位に就けられるようになったことは、公卿連中への影響力が増したことを意味していた。


このことは晴元を大いに喜ばせ、細川家の経済力を向上させた先の遼太郎や軍備の増強に余念がない竜之介とともに北水館出の若侍たちの覚えを目出度くしたのであった。

細川家にはなおも明るい話題が続いた。
晴元の子・重盛と長慶の弟・十河一存と細川家の将来を担う若武者が元服を果たしたのだ。


だが家臣の中には主筋の重盛よりも、先に一存の元服を寿ぎに三好の邸宅を訪れる者も現れて、 まるで主従が逆転したかのような光景であった。emoji

そんな中、桜姫の髪結いの儀がつつやましくも行われたのだが、
それを大仰に喜んだのは遼太郎ぐらいだったかもしれない。emoji


桜の花びらが舞い、春の訪れがあちこちで感じられる頃、遼太郎は軍事奉行に就任し、同列の竜之介や杉隆滋と計らい、兵に持たせる三間槍を開発した。これまでに類をみない長槍の開発は、細川家の戦場での強さに大いに貢献すること、疑いようもなかった。
PR
【2015/10/27 00:21 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n035 信長元服 (細川家)1
時は戦国。これは乱世を憂える河内国の若者たちが、世に平和を齎す為、邁進する姿を描いた物語である。

河内国の私塾「北水館」で英才を鳴らした中村英統(通称遼太郎)は、元服後細川家に仕えることになった。彼は最初の任務で銀山探索を命じられ、見事その任を成功させるのである。


「中村殿、此度は大手柄でござったな。」
帰城した遼太郎に労いの声がかけられた。
少なくとも相手が松永久秀でなければ、遼太郎も素直に喜んだことだろう。
だが、彼が相手では額面どおりには受け取れなかった。
どこか得たいの知れない怪しさがあるーー。
彼と相対するときには遼太郎の心の奥底で、常に警鐘が鳴り響いていた。

ともあれ無視する事は礼に失する。
「いや、運が良かっただけですよ。」
「はてさて、銀の鉱脈をを2つも見つけることが果たして運だけで片付けられますかな。 皆、貴殿の功績に騒いでいると申すに。」
まさに久秀の言うとおり、領内はこの噂で持ちきりだった。
ただの一つでも家中に巨万の富を齎す銀山を遼太郎は二つも見つけたのだ。

「殿はそなたに褒美を取らすご所存のようですぞ。」
賞賛ともやっかみとも取れる表情で、久秀はそう呟いた後、すっと立ち去っていった。

果たして主君晴元に目通りした遼太郎は彼から家宝「姥口釜」を与えられたのだった。家宝を譲られることは一端の士として認められた証でもある。


それに留まらず、細川晴元はすこぶる上機嫌で、家臣一堂に望みのままに俸禄を挙げる事を約束したのだった。晴元の長女・桜はそんな父の気前の良さに微笑ましく感じつつも、屈託のない笑いを浮かべる横顔を何度も見るうちに一抹の不安を抱くのだった。


経済力にやや余裕が生まれてきたところで、人事の刷新があった。
岸和田城の軍事奉行に山中竜之介が抜擢されたのだった。竜之介は遼太郎と北水館で机を並べた同門の士で、没落貴族の出という変り種だった。竜之介の大抜擢の裏には、遼太郎の功績もあったことだろう。だが竜之介は過程はどうあれ、与えられた役職でその才能をフルに発揮した。まずは埋もれていた在野の士の登用を初めとして、兵の増強に乗り出したのだ。
 
【2015/10/25 23:10 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n034 長篠の戦い (大友家)6

松平秀康、柳生宗矩といった優秀な一門、家臣を次々と失う徳川家。
家康にそーとー恨まれていることだろう。


最上家から縁談の申し入れキター!どの時代にも強き者になびく者あり。


領土拡張を続けながら、家臣団には教育を施す。剣術指南役は、最早家臣筆頭の座を確立しつつある元親。


おっと、ここで伝授キター!やるな鹿之助!「槍衾の三」からバージョンアップ!「鬼槍」習得!!


そして徳川家がついに滅亡。最早大友家に抗う力ある大名なし。


・・・と、思ってたら最上家から同盟破棄の通達がっ。こっ、この痴れ犬ぐわぁ~!てめえの娘は即刻処刑じゃ。(今回はとことん冷酷プレイに走ってます。いつもはこんなじゃありません。)


さくっと最上家を叩き潰し、あっと言う間に統一間近でありんす。あとは蝦夷攻略だけだわ~。


さしたる困難もなく、あっさりと天下統一です。宗麟の偉業に民も喜んでいるわ。

上級プレイの難しさは、なんといってもCPUにこっちの武将が引き抜かれまくることだと思う。他は、こっちがトロトロしすぎて、CPUに巨大帝国を築かれるとキツイかな。難易度上げるなら、弱小大名を選んでのプレイなんだろうけど、とりあえずしばらくはお腹いっぱい。
【2015/08/23 16:45 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n033 長篠の戦い (大友家)5

織田家に対する粛清の嵐はまだ止まない。
大谷吉継や豊臣秀吉といった名だたる武将を捕らえるやいなや処刑して回った。

「捕虜・即・斬」

恐怖の3文字を掲げる大友家に対する織田家の怨嗟はいかばかりか。


大友家では領内での寺社の建立が相次いだ。
供養の為というのが名分だが、宗麟が切支丹である以上、あくまで織田家に対するポーズであることは言うまでもない。

そしてわだかまりが解けぬまま、ついに織田家は滅亡した。
当主信長は一時は捕虜になるも、逃亡。
行方は杳として知れない。

 
次に宗麟の覇道の前に立ち塞がったのが、徳川家である。
家康は周囲の小大名を言葉巧みに取り込むことに成功し、大連合を結成した。


その間、大友家は能登半島に篭る本願寺の攻略に成功。
多数の有能な門徒を取り込むことができた。


そして宗麟はついに大友幕府を開くことを決意した。
自身は征夷大将軍に就任し、一門衆や譜代の家臣を要職に就け、国内の全ての大名・民に威光を示した。


時を同じくして、徳川家攻略に着手。
それは織田家同様、粛清の嵐が再び吹き荒れることを示していた。
【2015/08/14 02:27 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
n032 長篠の戦い (大友家)4
毛利家、そして織田家との戦いはまさに血で血を洗うものだった。

CPUずるい!と叫びたくなるほど、とにかく配下武将が引き抜かれまくる。
忠誠99でもダメ!100じゃないとダメ!しかも捕虜にされたら、速攻引き抜かれる。


対抗処置として、こちらは捕らえた敵武将を片っ端から処分して回った。
いつもであれば、あとあと取り込むためにそんな過激なことはしないのだが・・。

とにかく時間が経てば経つほど、パワーバランスが崩れる様が目に浮かび、心を鬼にして斬りまくった。結果として毛利は滅び、織田との戦局はやや優勢になりつつある。


九州、四国、中国は手中に納めたが、織田家を滅ぼすまでは気が抜けない。織田の同盟相手の徳川家が版図を広げているのも気になる。難易度上級は結構厄介だ。
【2015/08/09 03:42 】 | 信長の野望 | 有り難いご意見(0)
<<前ページ | ホーム | 次ページ>>