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董清の指示が伝達され、上庸では漢中及び陽平関の攻略に着手することになった。
蘭宝玉からの指示で魯蓮率いる戟兵隊を前軍とし、攻城主力の中軍は劉辟率いる井蘭隊となった。さらに林玲率いる弩兵隊が援護することになっている。蘭宝玉、張繍、春風は上庸に留まり軍備の増強に励むが、東西どちらの戦線に異常が生じても支援できるよう、準備を整えておく手はずである。 さらに蘭宝玉は宛の趙雄に書状を送った。『次なる技術開発を進めませんか?兵の熟練を高める技術か、輸送を円滑にする技術辺りが妥当かと思うのですが。』 いよいよ上庸軍が出陣した。 漢中では馬騰軍が陽平関を落とし、余勢を駆って攻城を始めている。部隊を率いる韓遂達は一廉の武将だが、如何せん兵が張魯軍よりも少ない為、此度は失敗に終わるに違いない。だが両軍ともに疲弊するのであれば、上庸軍にとって漁夫の利を得る好機である。新野で始められた研究の成果が上がるのを待ちたいところだが、時機を逸するのは避けねばならなかった。蘭宝玉は林玲、魯蓮、劉辟に策を授けて送り出した後、自らは春風と共に弩の増産に取り掛かった。張繍には兵を鍛えなおすよう命じてある。漢中を攻略できても、馬騰や劉璋から守りきるだけの強さが必要だ。 宛で兵達が気勢を上げている頃、漢中侵攻軍は静かに軍を進めていた。 標的はあくまでも韓遂隊ひいては陽平関に居座る馬騰軍の駆逐ということにして、あくまでも隣国の危機を救うことを名目とした出陣であることを謳い、張魯を刺激しないように配慮している。先の上庸へ侵攻してきた張魯軍殲滅以来、急速に関係悪化している両国間でそのような虚言が通用するとは全く思っていないが、建前と言うものも時には必要である。上庸新軍の前軍を率いる魯蓮の統率は見事で、旗下の将兵の動向をつぶさに掌握していた。彼女の素性については謎が多い。 漢中では上庸軍の接近を知らないのか、分かっていても目前の韓遂軍の殲滅に精一杯なのか、一向に防御の構えを見せようとしない。 兵をあまり損なうことなく漢中を制圧できれば重畳だが、それは期待しすぎだろうか。曹操軍の影響力の衰えは甚だしく、次は袁紹や孫策をも視野に入れた戦略図を描いていくことに蘭宝玉としても依存は無い。東の脅威に対抗する前に、まずは西の劉璋や馬騰が弱小のうちに早々に勢力圏に取り込んでしまおうか。 漢中で三つ巴の戦いが始まった。劉辟率いる井蘭隊と林玲率いる弩兵隊が漢中のあちらこちらに火を付けていく。おそらく張魯の矛先は、馬騰軍からこちらへと変わるだろうが、多少の犠牲は止むを得ないと考えている。それよりも天水を出撃した馬騰軍の増援が気になるところだ。漢中攻略と同時に、陽平関共々この2部隊の殲滅を図るよう、蘭宝玉は漢中侵攻軍へと指示を出した。 また趙雄には新たなる技術革新を推し進めるよう献策した。今後戦域が拡大する為木牛の開発を進めるか、軍団の大勢が装備する弩の改良をお願いしたいところである。また東方面の戦略としては許昌の攻略をして、漢皇帝を手中に押さえることを薦めた。それと同時に名だたる為政者がおらず空白地帯となっている汝南を孫策よりも先に我が物とし、東への前線基地とするべく行動を起こすよう促した。 漢中を回り込むようにして、上庸軍は陽平関に肉薄していた。陽平関の南側を封鎖して、敵騎馬隊を北側に封じ込めてしまうのが狙いだ。陽平関をじわじわと締め上げ、敵騎馬隊が関内に入るなら、一緒に葬るまでである。あくまで張魯軍が上庸軍に牙を剥いてきたとしても、残り僅かとなった兵力では最早脅威にはならない。 「良ければ上庸へと戻らせてもらいましょう。漢中攻略というよりも、西涼や蜀取りに赴きたいので。」 趙雄の問いかけにそう董清は嘯いて見せた。梓撞からも部隊が派遣されていると蘭宝玉より文で連絡が来たところだ。漢中という甘い汁を吸いに、欲深い諸侯が蠢動し始めたようである。蛆虫共を一気に殲滅する良い機会であろう。ついでに福貴や蘭宝玉、鬼龍、大和といった自分に付き従う董家の面々の帰還も願い出た。 劉辟隊が馬騰軍の計略に惑わされて身動きが取れなくなっている。早々に陽平関封鎖を林玲と交代したいところだが、それが困難な状況だ。加えて蜀の桟道を雷銅隊が進攻中との報告もあった。副将は法正らしく、できれば2隊で当たりたい相手である。陽平関封鎖に1隊、雷銅隊の殲滅に2隊を回せば良いが、やはりというが長期戦の様相を呈してくると兵糧が心許なくなってくる。上庸からの輸送が命綱ではあるが、木牛の開発が進んでいるのが心底ありがたい。董清が帰還すれば、戦術にも幅を持たせる事もできよう。 漢中がついに陥落した。雷銅隊を迎え撃つには兵を城に入れて休ませる必要があった為、董清は林玲に伝令を送り、城攻めを急遽急がせたのだ。ついでに漢中城に取り付いていた馬騰軍の将も捕縛させた。 当面の間、根拠地を上庸から漢中へ移す事に決め、上級官吏達にはすぐさま身支度をするように命じてある。ただし張繍には井蘭の製造を続けるよう命じてある。久々の董清との再会に感涙する張繍だったが、またもや留守居役を命じられ、がっくりと肩を落とした。 漢中攻略が成り、上庸軍が沸き立つ中、魯蓮は宛の趙雄の元へ馳せ参じるべきか悩んでいた。大恩ある彼の治める宛へ、次々と曹操軍が攻め寄せてきていることは前々から聞いている。今こそ役に立てるのではないか、そう思うのだ。 「くっそおおおおぉぉぉぉーーー!身動きが取れねえ。」 馬騰軍から次々と仕掛けられる計略に嵌り、兵達が混乱の極みにある。劉辟は必死に沈静化を図ろうとするも、次から次へと諜報の罠にと兵達が嵌るので、宛らイタチごっこの様相を呈している。兵糧が心許ないので、出来れば他部隊と入れ替わりを行いたいとこだが、漢中でも雷銅隊殲滅に忙しいらしく、当面援軍は期待できそうもない。幸い、自部隊が陽平関の封鎖を続けているおかげで、騎馬隊ばかりを擁する馬騰軍はいくら増援を増やそうとも計略を仕掛ける以外に何も出来ないようだ。陽平関からの逃亡兵も増えてきており、上手く遣れば馬騰軍も曹操軍同様に衰退させられるだろう。 寿春の兵力が膨張している今、汝南攻略に当たり、孫策軍が脅威であることは間違いない。強気の戦略しか打ち出してこなかった董清としては同盟なぞこれまで考えた事もなかったが、こと経験値は趙雄の方がはるかに上である。蘭宝玉と相談し、趙雄の判断に賛成する意を宛から派遣されてきた使者に伝えた。 PR |
上庸では蘭宝玉を中心として、新生上庸軍が構築されつつあった。幸い、董清の命で宛攻略中も着々と軍備の拡張を進めていたおかげで兵力・兵装は充実している。ただし兵糧が不足気味のため、宛を支援するにせよ、漢中を攻略するにせよ長期戦は苦しいというのが本音だ。上庸軍の増強ぶりに、漢中でも慌てて張魯が募兵を進めていると言う情報も入ってきている。また董清達首脳陣が抜けている今、采配を振るえる閣僚が少ないのも頭の痛いところではあった。已む無く、先日登用した張繍をさっそく市井の警邏に当てているぐらいだ。彼には思い切って董清の事を打ち明けたところ、「あの董公子に再びお仕えできるとは・・。」と感涙して、忠誠を誓ってくれた。董清幼少の砌に何か個人的な縁があったようだが、それはおいおい聞くとしよう。 まずは漢中を短期決戦で一気に落とし、張魯軍の諸将をまとめて吸収して、対曹操戦線の基盤を築くとしようか。 上庸の治安は張繍と魯蓮の奮闘によって改善され、兵の練度は林玲の指導により上がっている。兵糧及び将の人数から言って、編成できる部隊は2~3部隊といったところだ。一気に漢中に向けて進撃し、攻略する。曹操軍が宛に気を取られている間が好機と言えよう。蘭宝玉が漢中に求めるのは兵糧徴収に優れた手腕を発揮する2人の人材すなわち閻圃と張魯だ。彼らを信服させれば、兵站に苦しむ荊北同盟にとって大きな力となるであろう。 宛防衛戦も被害は出るだろうが、蘭宝玉の見立てでは敗れることはないだろうと考えている。諜報の結果、西から来る2部隊は知力の高い武将は存在せず、東から来る部隊は優秀な参謀が副将として付いているものの兵力は少ない。宛城内に蓄えている兵糧こそ十分ではないので、ぎりぎりまで引き付けて一方を混乱させているうちに、他方を集中攻撃して全滅に追い込み、しかる後に残る部隊を殲滅するという大雑把な作戦で十分事足りるのでなかろうか。兵糧さえあれば、武関前に弩兵部隊を2つほど展開させて西からの脅威を一方的に殲滅する方法も取れたが、無いものねだりをしても仕方あるまい。何にせよ、宛攻略戦で見せた周信の手腕が今回も発揮されれば造作もないだろう。加えて賈詡という歴戦の軍師が加わり、武に関しては趙雲に董清、鬼龍らがいる。 「宛は任せましたよ、若、趙雄殿。」蘭宝玉は迫る漢中攻略戦に全力を注ぐことにした。信頼すること、それが一番の力になる。 兵装準備が整った。林玲と魯蓮にはそれぞれ弩兵と戟兵隊を指揮させることが内定している。今回は兵糧不足があり、あえて寡兵で挑むが魯蓮と蘭宝玉の用意した計略がそれを補うことになっている。小粒揃いの将軍ばかりが居並ぶ漢中攻略にはそれで十分であろう。宛防衛戦が終わる頃までには漢中攻略を終えておきたい所だが、残念ながら劉辟が陣頭指揮を執る井蘭製造は間に合いそうもない。攻城兵器が不足する為、できる限り篭城戦には持ち込ませず、野戦で片を付けたいところだ。荊北同盟の軍師を任される蘭宝玉の手腕が今問われている。 「はは・・行ってしまったか。」 乾いた笑いを立てながら、張繍は蘭宝玉達の出陣を見送った。てっきり唯一の男性である自分が攻略軍の中軍を率いるものとばかり思っていたが、蘭宝玉の描いた図面には自分は描かれていなかったようだ。信頼の証であろうが、結局は留守居役を任され戦時中においても常に戦力を増強しておくよう頼まれた。無論、戦場であろうと後方であろうと、董清に忠を尽くすつもりは微塵も変わらない・・・つもりではあるが、なんとなく寂しい気がしないでもない。 宛では次々と送り込まれる曹操軍の増援の対応に目まぐるしい思いをしているようだ。自分ならどうするか。先だってまで苑の太守を務めていた彼は考えてみた。増援といっても要は逐次投入を繰り返す愚を曹操は犯しているに過ぎない。幸い周信が隘路で許褚隊を立ち往生させているようだ。 (自分なら、東側は許褚隊をその場で足止めし続けるかな。幸い敵方に弩兵はいないことだし、あの隘路を塞ぐ形を取れば、後続の部隊は今後いくら出陣してきても全て無力化するだろう。その間に長安から出てきた2部隊を殲滅すれば、全軍を挙げて東側に注力できるというところか。そうなればあの隘路を利用して、手前の部隊から順次潰していけば良い。) ま、戦場から遠い地ではいくらでも気楽に計画を練ることはできる。当事者でない無責任さ故にいくらでも考えが浮かぶと言うものだ。自嘲して張繍は頭を掻いた。とりあえず自分は上庸の募兵に励むとしよう。 曹操出陣の報を聞き、蘭宝玉はすぐさま全軍に上庸への帰還を命じた。 「曹操が出てくるとなれば、話は別です!かの姦雄めの上を行こうと思えば、西も東の備えもあと1枚足りぬ。」 そう呟いたかと思うと、急いで宛の趙雄へと手紙をしたためた。 「一ヶ月で結構です。私に宛での戦闘における全部隊の指揮権をお譲り頂けませんか。もう少し戦いを楽にして差し上げられると思うのですが。」 そして独断専行は承知の上、後で罰せられる事も覚悟の上で、董清・福貴夫婦へ井蘭隊で出撃するよう要請した。 「東より朱涼姫隊と曹操隊が迫っています。許褚隊の混乱の解消を一方が沈め、もう一方が許褚隊を乗り越えて前に出てくることが想定されます。よって我が君には井蘭隊を率い、今すぐ許褚隊に火を射掛けて下さい。兵器に手馴れた福貴様がいれば無理な距離ではありません。撹乱と火計の両方で攻撃すれば、いくら曹操軍と言えど、なすすべもないでしょう。」 さらに宛に残る武将のうち、知力に勝る李厳へと出陣を要請した。 「率いる兵は少数でも構いません。あなたに要請したいのは、敵の撹乱です。翌週には宛に間近に迫るであろう曹仁隊かヒョウガン隊のどちらかを混乱に陥れるのです。」 「鬼龍隊は残る一隊を撹乱させなさい。必ず成功させる事!(←上庸出身者には厳しい。)」 「趙雲隊はありったけの戦法を駆使して、宛の喉元に迫った曹操軍をいち早く殲滅させるのです。長引けば大軍が間近にいることに怯えて、兵が逃げ出す恐れがあります。」 はるか遠方の上庸より、刻一刻と上がってくる間者の報告を聞きながら、つぶさに状況を分析し、矢継ぎ早に指示を出し始めた。 「お見それしたわ。まさか馮玩と許褚を捕らえてしまうなんてね。」 軍師たるもの、個の武というものを当てにしてはいない。それを計算に入れようとは思わない。だが今回は頼もしい事この上なかった。西部戦線については鬼龍隊と趙雲隊で小突き回すよう伝令を発した。兵糧の事もあるので、役目を終えた李厳隊には早々に宛に帰還するもよし、共に曹仁をいたぶるも良しと伝えてある。可能であれば、曹仁すら一騎打ちで捕らえられれば最高だが、無理は言わないでおこう。東部戦線では郭嘉隊をすぐに滅ぼすかどうかは現場判断に委ねる事にした。できることなら郭嘉隊を餌にして、すぐ背後に迫る曹操隊を釣り上げたい。曹操隊が郭嘉隊の混乱収拾に入ったところを混乱させてしまうのだ。さらに朱涼姫を籠絡できれば、確実に戦況は好転する。孤立した当主曹操を救わんとして、曹操軍がさらに部隊を逐次投入する愚を犯すことを期待できる。趙雄が育ててきた新野の面々の交渉力に期待したい。 宛に篭る荊北同盟のわずか1万5千の兵が曹操軍をズタズタにしている。これほど滑稽なことはない。蘭宝玉は出すぎた真似をした自分の策を良しとしてくれた趙雄の度量と、自分の策以上の効果を齎してくれた現場指揮官達の才覚に感謝した。 宛の防衛戦は優勢に推移している。列強諸侯の誰もが予想していなかった事態であろう。荊北同盟の武勇は嫌でも中華全土に響き渡ることになる。 そして漢中から進軍してきた張魯軍はわずか1週間たらずで5千もの兵が姿を消すことになった。 蘭宝玉はこのまま漢中を攻めるべきかどうか悩んでいた。今、彼の地には馬騰軍が押し寄せてきている。3つ巴の戦いを演じるか、両者が消耗するのをしばし待つか。 |
「敵軍事施設を徹底的に叩いておけ。」 董清の下知は上庸全軍に伝わり、張繍軍の保有する兵舎及び鍛冶場に火矢の集中砲火が浴びせられた。瞬く間に兵舎は焼け落ち、鍛冶場は半壊した。これで張繍軍は残存する兵力だけで戦わなければならなくなった。 「あ~あ~。俺は殴りあいの方が好きなんだけどなあ。」ぶつぶつ言いながらも、大和は的確に敵の急所を見抜き、火矢を放たせている。この男、野放図な性格に見えて、意外と細心の注意を払うことができる。兵器部隊を率いさせると右に出る者はなく、特に攻城戦においては大いに力を発揮する事ができるのだ。 「新野軍は胡車児隊と張繍隊を混乱に追い込んでいるようです。出来る限り自軍の被害を抑えつつ、敵将を捕らえたいのでしょう。」 「確かに数こそ少ないが、優秀な人材が揃っているしな。」 一斉射撃! 宛城のある丘陵のはるか崖下より、思いもよらぬ火矢の来襲を受けた張繍軍は慌てふためいた。「動じるでない。落ち着け!」賈詡が鎮撫して回るが、兵の恐慌はなかなか止まない。賈詡にとって誤算だったのは、敵軍の兵器が予想以上の射程距離を誇っていたことだった。高低差のハンディを帳消しにしてしまう彼我の兵器との性能差は、こちらの兵士達を無力にしてしまっていた。単に矢を射掛けられるのを待つ的のように、バタバタと倒れていく。射撃7千近くいた兵士は見る見るうちに数を減らし、5千弱となっていた。 「一体、こんな時に張繍殿は何をしておられるのだ。」 敵方からの反撃がないと悟った上庸軍は大胆にも宛城西側の空き地に布陣し、そこから火矢を降らせ始めた。火矢は城内の隅々にまで行き渡り、逃げ道はどこにもない。既に城の三方には火の手が上がっている。残存兵力はさらに半減し、2千余りとなった。 「そろそろ潮時ですかな。」 「よし、次の攻撃で守備兵を千未満まで減らしたら、上庸への帰途に着く。」 「曹操軍が未だ沈黙を保っているのが不気味ではあります。」 「そうだな。だが兵糧のこともある。戦場に長逗留する訳にもいくまい。」 宛陥落! その報はあっと言う間に各地へと伝わった。 「いやあ、そんなつもりじゃなかったんだけどなあ・・。」 落とした本人は頭を掻いてぼやいていた。守兵2千弱だったが、あと一回ぐらいの攻撃には耐えるだろうと大和は旗下の井蘭隊に攻撃を命じた。すでに董清からは上庸への後退命令が出ていたので、退き際を襲撃されることのないよう威嚇程度のつもりだった。しかし井蘭隊の最後の斉射は物の見事に宛の止めを刺した。軍の主要施設を焼き払い、賈詡の鼓舞も空しく、火矢の集中砲火にさらされた宛の守兵達は抵抗の気力を失い、逃亡者が続出した。それどころか寝返る者までが現れ、城門が内からこじ開けられたのである。驚いたのは、城外にいる張繍隊である。ただでさえ、周信の計略に嵌り混乱しているところに、根拠地である宛城が降伏したとの虚報が伝わった。そうなると最早組織立った動きを取るのは不可能で、張繍隊はたちまち雲消霧散してしまった。張繍は供の者を連れて西へと逃れたが、上庸で捕らえられた。 宛では城門が開くのを見た董清がすかさず突貫を命じ、上庸全軍が一斉に城内になだれ込んだ。守将の賈詡は捕らえられ、牢に入れられた。だが董清が行ったのはそこまでだ。 彼としては当初の予定通り、趙雄にこの地の政務と捕虜の処遇については任せるつもりである。とりあえず三方が曹操の領地と隣接している為、趙雄の準備が整うまではこの地に兵を置いておこうと考えている。ただ戦いが終わった直後ということで、兵達の顔に疲れの色が見えることと、兵糧が減っている事が悩みの種だ。 もし曹操軍と連戦になったら・・張繍軍との戦いで一兵も損なう事のなかった荊北連合である。二倍程度の兵力差なら然程問題なく蹴散らす事ができるだろう。曹操軍を一気に弱体化させ、逆侵攻の道も開けてくる。ただ長期戦となったり、一回の戦いは短くとも第2波、第3波と波状攻撃を仕掛けられると、兵糧の心許ない上庸軍としては厳しい戦いになるだろう。董清は上庸の蘭宝玉達に早急に輸送態勢を整えるよう命じると共に、趙雄にも早々の宛城入りの要請と新野からの支援体制を構築するよう打診した。 無論、曹操軍に動きが無ければ、趙雄に全てを委ねるつもりだ。その場合、上庸に残した将だけで漢中を落とすようにも命じてある。 その頃、捕らえられていた張繍が魯蓮の説得に応じて、上庸軍の将に加わった。 |
「劉辟、帰ったばかりで悪いが再び上庸へと向かってくれ。蘭軍師から、上庸の防衛をお前に任せたい旨の依頼状が来ている。」 久しぶりの新野をゆっくりと満喫する間もなく、劉辟は戻り支度を始める事になった。どうやら黄巾崩れの自分を、新野でも上庸でも高く買ってくれているらしい。少々こそばゆいが、その信頼に応えたいという思いが大きくなっているのは確かだ。荊北同盟の一員となるまでは、これほど誰かに頼りにされたことは一度もなかった。そう、神とも崇めた張大師ですらこんなにも信頼を寄せてくれていなかった。 「さて、桃娘は元気にやってるかね。」 すっかり上庸の上級官吏たちにも打ち解けていたようだが、やはり一人残してきたことが気にはなっていた。まずは房陵港に戻り、新たに倉に納められた金と兵糧を徴収してから上庸に戻るとしよう。 「若、兵士の調練及び弩の補充終了しました。」 「治安も高水準で維持されております。」 「漢中の1万4千に対し、我が守備軍2万7千。さらに蘭軍師が万全の態勢を整えておられます。劉辟殿が房陵港から戻られれば、最早隙はないかと。」 次々と董清に報告が上がる。黙って全てを聞いていた彼は、徐に立ち上がると 「よし。後顧の憂い無く、曹操は対北戦線に気を取られている。機は熟した。我らが武勇を列強諸侯に見せ付ける時ぞ!」 応!と一同が応えるの見て、作戦を告げた。 「鬼龍、前軍として弩兵隊を率いよ。大和は蓬莱信、福貴と共に後詰として井蘭隊を指揮せよ。張繍軍を支援する施設は破壊して構わん。俺は中軍として弩兵隊を指揮する。敵はおそらく騎馬隊を押し出してくるだろうが、隊を率いることのできる器を持った将はわずか3人だ。包囲殲滅すれば敵ではない。だが今回は被害を抑えるためにも、上手く新野軍と連携する必要がある。ゆめゆめ足並みを乱すことなかれ。」 情報では、張繍は宛で1万頭の軍馬を飼い慣らしている。董卓の部下だった頃より1万人以上の部隊の指揮を任された万人隊長だった。それらから類推するに、まず打って出てくるのは、多くても張繍自ら率いる騎馬1万騎弱といったところであろう。残る兵は1万2千だが、賈詡と弧車児がそれぞれ別働隊を率いて4,5千を率い、守備兵は2~4千になるのではないか。もし敵の迎撃部隊がすべて南へ向かえば、上庸軍は無傷で宛城へ辿り着ける。そうなれば井蘭と弩兵という攻城に長けた部隊を有する上庸軍である。1ヶ月を待たずに宛は落ちるであろう。そう考えてみると、董清は自分が張繍軍を脅威として感じていないことを自覚した。 やはり自分は来る曹操との決戦の前哨戦程度にしかこの戦を感じていないのだろうか。戦後処理についてもそうだ。宛攻略の暁には、宛の政務は趙雄達新野の連中に任せ、董清自身は上庸に戻って次の戦に臨む所存である。投降兵や捕虜などはすべて趙雄の一存に委ねる。処刑するも良し、自身の配下とするも良し。そこで出される趙雄の決断に一切口を出すつもりはない。 気になる点があるとすれば、曹操軍が漁夫の利を狙って宛を四方八方から攻めてくることだが、それこそ董清の望むところだ。曹操軍の将兵を削り取り、一気に弱体化させる好機だと考えている。その為蘭にはいくらでも宛を支えることができるよう、今この時にも兵の増強を続けるよう指示してある。事あればすぐにでも宛に向けて再び兵を動かすのだ。 東征する上庸軍にあって、やはり話題になるのは曹操軍の動向だ。苑に動乱があったと聞けば、長安・陳留・濮陽・許昌に駐屯する諸将がそれぞれどう判断するだろうか。新興の勢力を早めに潰そうとは考えないか?いや袁紹と対峙している今、余剰兵力はあるまい。様々な意見が交わされるが、結論は出ていない。いくら議論を戦わせようとも、もう少しで答えは分かる。上庸軍にも苑は目前に迫っている。 驀進とも言うべき速さで上庸三軍が東進している。未だ脱落者が出ていないのが不思議なぐらいだ。新野軍とは伝令を密に行き交わせており、互いの位置関係はまるで一個の軍を率いているかの如く掌握できている。董清には気になる点があった。気が早いかもしれないが、捕虜に関する話だ。もし張繍軍のうち迎撃に出ている軍がまだ外で戦っている最中に本拠地が落ちれば、その軍を率いている武将はどうするのだろうか?のこのこと捕虜になる為に、苑へ戻ってくることはなかろう。そうなると行方を晦ました挙句、どこかの勢力に仕えて報復の時を窺うかもしれない。いっそ苑陥落の一歩手前であえて攻撃の手を緩め、迎撃軍が壊滅して将が城に逃げ帰るのを待ってから、一網打尽にした方が良いだろうか。よくよく趙雄と協議しておいた方がいいかもしれない。本格的な戦闘が始まる前に、密書を送るとしよう。 |
「反対する理由はないな。むしろ願ったりの提案だ。」
趙雄からの書簡を読み終えた董清は満足そうな笑みを浮かべた。傍らの鬼龍も頷いている。 「我々上庸の編成部隊は弩兵と兵器を中心に考えておりますからな。機動性強化は歓迎すべき事でしょう。」 「輜重隊もより有効活用できる。遠地への輸送も滞ることなく、兵を餓えさせることはまずなくなるだろう。」 「輸送といえば劉辟は順調に船旅を続けているようですね。」 「そろそろ中廬港の近くを通るだろう。全く肝の据わった男よ。」 新野で技術開発が始まったと連絡が入り、上庸ではいよいよ工房に火を入れることが決定された。一度稼動を始めると、火を絶やすことのないよう、一気に仕上工程まで終えないといけない。 必然的に連日の作業になるのだが、職人達の中には倒れる者も出かねないきついスケジュールが組まれている。だがそのような事情にも董清は全く配慮を見せず、情け容赦のない予定通りの完了を技術仕官達に命じた。 「上庸の威信を掛けた兵器計画にこれより取り組む。魯蓮殿は治安の維持に努めてくれ。大和と林玲はよく補佐をせよ。では行くぞ。」 董清は慌しく、蘭宝玉と鬼龍を連れて工房へと出かけた。開発完了まで1ヶ月ほどかかる見通しだ。それまでに兵の調練や治安の維持を他の上級官吏が受け持つ事になっている。いよいよその時が近づいている。 時を同じくして、新野では車軸強化の研究が終わりを告げた。 「若、新野より設計図が届きました。我らが開発中の井蘭に組み込むべしとの由。」 極秘と銘打たれた図面をしばらく眺めた後、董清は技術仕官に渡し、早速適用するように命じた。 「黄河へ放った密偵からの報告はあったか?」 「はい。袁紹軍参謀が一人、審配の率いる船団が曹操の治める濮陽の城下町に突如として攻撃を仕掛けました。わずか二刻の間に町を一つ完全に破壊したそうにございます。」 「二強の小競り合いがとうとう始まったか。」 「まだ船団は濮陽の城下町近辺に停泊中とのこと。更なる狼藉を繰り返す気かもしれませぬ。無論、このまま放置しておく曹操軍ではありますまい。」 「曹操の関心は今、完全に北に向いているだろう。宛攻略の好機だ。新野に伝令を放て。来月には我が軍は進発するとな。」 |