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江州から出撃してきた呉懿を一瞬で蹴散らした。しかし先の軍勢は江州に篭る兵の数からして少なめであったことが引っかかる。
「もしや誘い込まれたか?」 鬼龍は僅かながら危惧を覚えた。見れば若の部隊も福貴様の部隊も前線へと押し出してきている。ここで敵が押し寄せてきたら少なからざる損害を受けるかもしれない。 江州は早くも陥落しそうになっていた。福貴隊の一撃を受けただけで、城は半壊している。あと一撃持つかどうかであった。再び出撃してきた呉懿隊は福貴隊と董清隊に一撃を食らわせることに成功したものの、相応の逆襲を受けてこちらも風前の灯火となっていた。孫策軍の国力の拡張が著しい今、荊北同盟としてもいち早く力をつける必要があった。 まずは治安を維持する事を忘れないよう伝えないと・・。蘭宝玉は余計なお世話と煙たがられるのを承知で新野の面々に書状を送った。それを受けて、汝南、宛、襄陽で市中警邏が強化されたと聞いて一先ず安堵する。戦闘と内政を同時に行うのは難しい。しかも許昌と江陵の二方面をへ同時に進攻しているのだ。人手が足らなくなるのも仕方なかろう。だが無理を重ねてでも実行に移すのは、孫家の脅威があるからということだ。いずれは大兵力を動員できるよう、軍制改革も行わねば成るまい。荊北同盟がやるべきことはまだまだ多い。孫家以上の力を蓄える。それが今は喫緊の課題と言えよう。 江州攻略が成った。江州城内に入った董清は、取り急ぎ市中警邏と兵士の休息を命じた。そして兵の顔から疲れが取れたのを見て取ると、早速鍛錬を開始させた。民意を得る事と、次なる軍事作戦『永安攻略』の準備に入ったのである。成都に集結した官吏たちが実直に開発に取り組んでいるが、未だ道半ばといったところである。占領地の開発が進攻スピードに追いついていない。趙雄同様、もどかしい思いを董清はしていた。 「鳥林港の争奪戦が激しそうだな。」 孫家の船団が迫る。兵力差は4000もある。船団の兵糧は持ってあと2週間といったところらしいが、この兵力差であれば2週間もあれば十分であろう。陸上から迫る荊北同盟の部隊が間に合うかどうかが鍵である。上手く行けば漁夫の利を得られるかもしれない。漢中では密やかに噂されることがあった。楊松が裏切る恐れがあるというのだ。 『元来彼は保身に長けている人物であり、いざとなれば陽平関の封鎖を解いて、漢中を馬騰軍に売る可能性がある。ただでさえ、彼は慣れぬ遠征生活を嫌がっていた。杞憂の種は早めに摘み取っておいた方が良い。彼を早々に漢中に呼び戻し、幾ばくかの金を渡して苦労を労うのだ。彼の忠誠が金で買えるというならば、安いものではないか。』だが当の噂自体、彼が流したものだという滑稽な話もある。董清にしてみれば「捨て置け。」繭一つ動かさず言うだろうが、漢中が重要拠点であること、陽平関封鎖は益州平定を成すまでの鍵である事を鑑みれば、あながち疎かにできる話でもない。 趙雄が許昌を落としたとの報は、江州にいる董清の元へもいち早く伝わった。漢帝の保護にも成功したようで、万事が上手くいったようだ。これで荊北同盟はすべての行動に大義名分を得た事になる。江州でも一頻り祝杯を挙げ、これまでの苦労が実ったことを喜んだ。だが、だからといって孫家の兵力が減った訳ではない。今でこそ同盟相手の彼らがいつ牙を剥いてくるかは計り知れないのだ。まずは益州と荊州を完全に手中に収め、孫家に対抗し得るだけの力を持つ必要がある。 江州城の執務室で董清は翌週、永安に向けて進軍することを全軍に命じた。ちょうど鬼龍や福貴が開発を終えて帰還する手はずになっている。それに合わせて軍事行動を開始するのだ。成都と江州の内政が未完了ではあるが、周辺の敵に脅威はなく、まずは劉璋軍をいち早く取り込むべしとの判断である。領地が増えれば、漢朝内での趙雄の存在もますます大きいものになるであろう。 宮廷での出来事など知る由もなく、董清は永安攻略に向けて、軍を進発させた。港の兵も含めると敵は多いが、将兵の質は比べ物にならないと自負しており、負けることは決してないと踏んでいる。各地を転戦して熟練の域に達した兵も多く、劉璋軍なぞあっと言う間に蹴散らす事ができるだろう。故に今回の遠征には軍師・蘭宝玉は参加させておらず、彼女には成都内政に専念させている。親衛隊長・林玲には馬騰軍の動向を監視させつつ、上庸太守として兵器製造を担わせている。蓬莱信は・・・まあ、元気にやっているだろう。元上庸出身者は董清が以前より唯一心を許していたかけがえのない者達であるが、それは常に手許においておくという意味ではない。彼らが各地で活躍していることを時折、伝令より聞いて満足している程度だ。益州平定が成った暁には一度皆を労うのも良いかもしれない。董清は馬上で趙雄から相談されている論功行賞について思索を巡らせつつ、各地に散らばる部下達の事に思いを馳せた。 長江流域の孫家の兵力が膨れ上がっている。同盟相手とは言え、いつ裏切るか分からないのが戦乱の世の倣いであれば、決して油断してはならない事であろう。 「荊南4州が孫家の属領となれば厄介ですね。」 成都開発の指揮を取りつつ、蘭宝玉は中原を中心とした時の輪から外れたかのようなかの地に思いを巡らせた。確たる統治者がいなくなって久しく、まさに戦乱とは無縁の地である。これまで放置しておいても良かったが、隣国の柴桑に孫家が一大軍事拠点を築いたとなれば話は別だろう。荊南の足がかりとなる長沙当たりは先じて荊北同盟が押さえてしまった方がいいかもしれない。まずはその旨を認めた書状を趙雄に送るとしよう。 董清率いる江州軍は永安城へと驀進していた。遮るものはなく、行軍は順調である。永安に篭る劉璋軍は相次ぐ敗北により、慎重になっているのであろう。各個撃破を恐れてか、今のところ迎撃してくる気配はない。それにしても柴桑、江夏、廬江の3都市で15万もの兵を誇る孫家は脅威だ。これ以上長江流域での増長を許してはならないだろう。 「若、はるか前方に砂塵が見えまする。どうやら劉璋軍が迎撃に出てきたようです。」 「間者からの報告によれば、敵大将は黄権の由。」 「どうするの?こんな隘路じゃ、真っ向勝負は避けられないわね。」 次々と上がってくる報告に、董清はしばし虚空を見つめた後、下知を飛ばした。 「鶴翼の陣を敷く。中央に福貴、右翼に鬼龍、左翼に俺が部隊を展開させる。敵をぎりぎりまで引き付けて一気に包囲殲滅を図るぞ。」 かくして江州軍は驀進していた行軍を止め、迎え撃つ準備を整えた。益州平定が成るまではなるべく兵の損耗を避けたいところである。力押しだけが能ではない。董清の軍略の才が今試されている。 PR |
福貴と大和率いる井蘭隊の攻撃も随分と堂に入るようになったようだ。たった百人が篭る関所を進軍ついでに難なく陥落させ、次の関へと向かっている。一隊だけで突っ走りかねないその猛進ぶりに慌てて鬼龍と董清も梓潼を進発した。頼りになりすぎる妻もある意味、困ったものか。董清はこれから延々と悩みぬくことになる命題にぶつかったのである。 馬騰軍にも端々にまで気遣いのできる参謀が控えているようである。さすがに騎馬隊を駆る猛者ばかりで巨大な領地を擁するようになった訳ではないようだ。遠征地にて陽平関での調略失敗の報告を聞いて、董清はそう結論付けた。漢中に残り陽平関の封鎖を続けている林玲からも、敵将の意気が上がっているようだとの報告を受けている。天水での兵力増強も加速度的に進んでいると間者からの報告も受けている。いち早く益州を平定し、兵を漢中に帰した方が良さそうだ。 天水の兵力は強大だが、馬騰軍が陽平関からの攻撃に固執している間は心配ない。犠牲を覚悟の上で桟道ルートを選択してきた時が厄介である。しかし上庸と梓潼の兵力を徐々にでも増強することと、益州平定を急げば何とか成るだろうと董清は見ていた。梓潼の開発も佳境に入りつつある。それよりも孫策軍の増強ぶりが気になっていた。今でこそ同盟相手だが、その関係が崩れた時、今のままでは太刀打ちできないだろう。 董清は成都へ進攻する全軍に関に入るように命を下した。成都に篭る敵軍がほぼ同数である為、兵に一時の休息を与えて鋭気を養わせると同時に、成都の凡将が焦燥に駆られる余り、城で戦う優位性を放棄して迎撃に出てくることを期待してのものである。攻城に秀でた井蘭隊を擁しているとは言え、なるべく城に篭る兵は減らしておきたいところだった。 「ちっ。猪口才な真似しやがって。」甘寧隊の兵が劉表によって撹乱されている。裏で暗殺を企てたり、二強の激突にも日和見を決め込んだり、決して土俵に上がろうとしない元主君が珍しく戦場に出張ってきたと思っていたら、策を弄して侵攻軍の足止めを図ってきたのだった。遠い宛の地ではまたしても曹操軍から来襲があるようだ。嫌がらせの種は双方ともに尽きようとしない。 『現在、漢中軍を中心として兵器の使用が進んでいますが、この度の宛への衝車及び井蘭の輸送を皮切りに、荊北同盟全軍に兵器を行き渡らせたいと考えています。投石機や木獣といった新兵器の開発の優先度を上げて頂ければ幸甚です。』 蘭宝玉は淑瑛宛の返書を認めた。正直あれもこれもと進めたい技術の構想が山ほどある。許昌にいる漢帝を上手く保護できれば、漢朝の権威を借りて革新を早める事ができるだろう。 鬼龍と董清は成都城と迎撃部隊双方に向けて、矢を乱射した。忽ち迎撃部隊は壊滅、城兵も半減した。 「おのれ!」福貴のいる井蘭隊を狙い撃ちされたことで、董清は純粋に怒っていた。井蘭隊の被害は1000人以上。上庸で旗揚げしてから最大の数である。無論、被害なく戦いなどできようはずもないが、それでも怒りは沸いた。「徹底的に火攻めせよ。」成都への容赦ない攻撃命令が下された。 成都城が陥落した。大都市を擁するこの地域は内政次第では豊穣な後方基地へと発展させる事が可能だ。梓潼の開発が終了次第、順次官僚を成都に集める意向を董清は示している。上庸と漢中にいる官僚には治安維持を命じ、特に上庸では兵器製造廟の火を絶やす事のないように肝に銘じさせている。次なる標的は江州になるだろう。疲れた兵を休ませて気力を回復させ、準備が整ったら進発しよう。 陽平関の封鎖。林玲が成しているのはただそれだけだが、益州平定が成った暁には最大の功労者と称えても誰も文句は言うまい。膨れ上がる馬騰軍の脅威をたった一人で押さえ込んでいるのだ。陽平関の兵糧が底をつき、空腹を訴える兵が現れた。腹が減っては戦はできぬ。至極当然の故事にもある通り、馬騰軍の戦意は地に落ちていると言っても過言ではない。これから逃亡兵が続出するだろう。天水では増援が決定されたようだが、陽平関突破の糸口は見出せずにいるようだ。まさに林玲一人によって馬騰軍全体が翻弄されている。「若の命とあれば」とどのような董清の過酷な命令にも忠実に全うする林玲はまさに武将の鑑である。本人に言わせれば「愛です。」とのことだが。 馬騰軍は長安からも増援を派遣したようだ。間者からの報を受けて、董清はにやりと笑った。全く持って林玲は良くやっている。今度会った折には可愛がってやろう。福貴に聞かれたら憤慨されそうなことを一瞬考えつつ、気を取り直して再び政務に戻った。 いよいよ江州攻めが始まった。成都の開発はまだ始まったばかりだが他の官吏に任せることにし、福貴、大和、董清、鬼龍は出陣した。じっくり内政に専念するよりも領地を広げる事を優先させたのである。いずれは劉璋軍の主だった者たちを取り込み、益州の統治を任せても良いとさえ考えている。 漢中軍の官吏が続々と成都に集結している。蘭宝玉もとうとう成都復興の陣頭指揮を執るべく、梓潼を発った。陽平関では食料が乏しくなってきた林玲の代わりを務めるべく張松が向かったが、関から伝わる威圧感に完全にビビッてしまい、動けなくなったようだ。他の武将に救援させた方が良いかもしれない。 楊松がようやく陽平関封鎖口へと辿り着いた。 「り、林玲殿・・。拙者が来たからには、も、もう大丈夫でござる。一旦、漢中までお退き下され。」足を諤々させ、ぶるぶる震える声で言われても全く説得力がない。だが、諜報員の工作が功を奏し、馬騰軍は陽平関から打って出る気配は全くない。これなら楊松が余程の失態を犯さない限り、大丈夫だろう。 林玲は従者と共に1年余りに渡る野営宿舎から引き上げることにした。出発前夜にはささやかながら宴が催され、封鎖生活の辛苦を共にした者達が互いに別れを惜しんだ。ここにいる者のうち半数は、楊松が引き連れてきた新兵と入れ替わりで漢中に帰り、残る半数は引き続き楊松と共に封鎖を続けることになる。家族に手紙を託す者、黙々と酒を酌み交わす者、馬鹿騒ぎをする者など様々だが、ここでの1年余りの生活が彼らの絆を強くしたことは間違いない。名もない彼らだが、軍団の根底にある兵一人ひとりの絆がしっかりしているからこそ、荊北同盟はここぞと言う時に大きな力を発揮できる、そう林玲は信じている。その林玲と言えば・・・荒れていた。 「紫音様のばかぁ!」 こともあろうに、親衛隊長の自分を一人陽平関に放り出すとは何事か。別に自分は紫音様を独り占めしようとは思っていない。福貴様から、う・・奪おうなどと大それたことも考えていない。側室になりたいなんて微塵も思っていない。ただ少し、ほんの少し優しくしてくれるだけで良い。戦場で傍らに控え、御身を守れればそれだけで自分は満たされるのだ。それをそれを1年以上も辺境の関の封鎖に駆り出すとは!重要な任務であることは重々承知しているが、だからこそ信頼のおける自分を任命してくれたのは嬉しいが、でも、でも文の一つぐらい送っても罰は当たらないのではないか!?噂では益州平定戦で福貴様と仲睦まじい様子だし、面白くない!全然面白くない!女心を全く持って分かってないのだ、あの馬鹿は! ・・と、まあ酒の勢いに任せて愚痴やら毒やら思いの丈やらを吐き出し、その夜はずっと酒の相手である従者を困惑させまくっていたのだった。 |
陽平関の資金が底を尽きかけている。にも関わらず、群がる馬騰軍の将はその数を増しており、最早俸給の遅滞も止むを得ない状態になるのも間近である。上手く行けば関所毎ごっそりと味方に付けられるのではないか。今は裏切り者の宇文通への怒りで一丸となっているが、それも冷めればどうなるか。一気に馬騰軍を危機に陥れることも可能かもしれない。
趙雄の求めに応じて張繍を宛へ送り、留守になった上庸へは張松らを派遣した。元々上庸は兵装や兵器の製造基地として位置づけて建設されていた為、いつ何時でも漢中や宛へ輸送できるように今後も配慮していく予定だ。漢中では到着早々、曹仁が技術開発を命じられて困惑していた。「いきなり出陣を命じられるかと思っていたが・・・。」と弩を渡されて苦りきった顔をしている。生粋の武人として生きてきた彼も漢中軍にあっては柔軟さを求められる。当主の従兄弟だとかの特権もここでは効かない。実力社会の粋たる場所とも言えよう。さて、彼はここで上手くやっていけるのか。 上庸では井蘭の生産と弩の生産が始まった。あまり一辺倒なのも戦略の幅を狭めてしまいかねないので、今後は衝車なども生産ラインに乗せるとしよう。戟や槍も無節操に選択していこうと考えている。曹操軍の領地は今や袁紹や馬騰によって草刈場と化している。曹操軍に打撃を与えたのは我らが同盟軍だが、餌を横取りするかのように両陣営が軍を推し進めている。弱肉強食は乱世の倣いとは言え、一歩間違えれば自分達がそんな立場だったかと思うと、薄ら寒いものを感じずにはいられない。 福貴隊の攻勢は留まるところを知らず、葭萌関もまた一週間とかからず陥落した。 そしてとうとう梓潼まで後一歩と言うとこまで迫った。董清や鬼龍は後から続き、一応護衛と言う形を取っているが、正直まだ活躍する機会はなかった。その分、梓潼攻城戦においては 遺憾なく力を発揮するつもりである。 とうとう梓潼城への攻撃が始まった。福貴隊から放たれる無数の火矢が劉璋軍へと降り注ぐ。たまらず迎撃隊が出てくるが、鬼龍隊と董清隊の攻勢を食らい、既に半壊状態である。 「来週ぐらいには陥落しそうね。」 「さっそく蘭達を読んで、内政に取り掛からせよう。我々はすぐに成都攻略準備に入るぞ。」 「ええ、益州平定はまだ始まったばかりですものね。」 およそ男女の色恋には程遠いが、董清と福貴夫妻にしては随分と和やかに会話が成されるようになった。宛防衛戦、そして今回の遠征と、戦場での共同生活を長らく続けるうちに絆が強くなったようである。董清が林玲を始めとして他の女性との夜遊びをする暇がなくなったというのも大きいかもしれないが。 「無念。」 董清との仕合に敗れ、呉班は捕らえられた。眼前には漢中軍の旗が立てられた梓潼城が見える。その城内でも王甫が脱出に失敗し、捕虜となったようだ。新興勢力の噂を聞いたのがちょうど1年前。はるか宛の地が名も無い勢力により陥落したとの話だった。その時は大して気にも留めていなかったのだが、その後あの曹操軍の猛攻を凌ぎ、逆に曹操軍瓦解のきっかけを作ったとの話を聞いて興味を引いたのだった。しかし、まさか梓潼への攻略を許し、あまつさえ自分が縄の戒めを受ける事になろうとは想像すらしていなかった。運命とは分からないものである。 「良いでしょう。いつまでも防衛に務めるのにも限界があるでしょうし、今の勢いに乗じて襄陽の攻略に乗り出すことを是とします。」 蘭宝玉は湖陽港から届いた申請にしばし黙考してから許可を出した。元々守勢に用いるべき将ではなく、攻勢にこそ生きる者達だ。加えて今は曹操軍の再三の撃退に成功して、士気は最高潮にある。それに同盟相手とは言え、孫策軍がさらに増大するのを見過ごせないという事情もある。彼らが荊州攻略に乗り出してくる前に先じておくのも悪くない。 新野で水上戦が始まろうとしている頃、梓潼では成都攻略準備と同時に急ピッチで開発が進められていた。漢中が馬騰軍に攻め立てられてる以上、益州攻略の要としてここを機能させる必要がある。とは言え、兵装は漢中からの輸送で賄うことにして、兵舎を増設しておく必要があった。劉璋軍が永安まで版図を広げている以上、彼らを壊滅させるには更なる募兵が必要だからだ。兵糧と軍資金の確保は、益州平定後にも必要であるので、市場と農場の拡張も忘れない。 軍事面では荀攸がやってきたことが大いにプラスになっている。彼は兵力の士気を維持する術を心得ており、大掛かりな作戦を実行しようとも兵士の精神的損耗を最低限に抑えられるのだ。彼が演習に加わって分かった嬉しい側面である。これで出し惜しみすることなく、蘭宝玉は頭に思い描いた戦術を実行に移す事ができる。荊北同盟が名実共に充実してきたことで、思う存分采配を振るうことが出来る喜びを彼女は噛み締めていた。 「まずは許昌でしょう。」
宛で議論が真っ二つに分かれていることを聞きつけ、軍師として蘭宝玉は以下を根拠とする意見書を趙雄に提出した。
「迂闊。金がない。」 あまりに急ピッチで開発を進めた為に梓潼では軍資金が底をついていた。蘭宝玉にしても全方面に気を配るうちに、膝元を疎かにしており、反省すべき点である。何でもかんでも私に振らないでよ、と開き直る事ができるのも彼女の美徳ではあるのだが。まあ、うっかりしていたと言えばそれまでなので、資金が唸るほど余っている漢中より取り急ぎ輸送させる事にした。とりあえず成都攻略軍を出立させたら、緩やかに開発を進めていくしかないだろう。 陽平関ではとうとう賃金の未払いが発生し、将兵の不満が渦巻いていた。上手く行けば関ごと丸々引き抜くことができるかもしれない。馬騰軍本隊が陽平関を軽視していれば良いのだが。心配りの細やかな参謀がいれば、忠誠が下がるのを見過ごさず将を天水や長安に呼び戻すなり、資金を輸送するなりするであろう。 上庸で兵器生産が続けられている。攻城兵器の井蘭が既に1機完成しており、衝車が凡そ2ヶ月程で完成する見込みだ。これらは董清の指示で宛へと輸送し、許昌攻略に活用してもらう手はずなのだが、如何せん人手不足で輸送隊の編成ができぬ有様である。そこで最近悪化しつつある上庸の巡察と宛への兵器輸送を兼ねて、宛の武将を一人寄こして欲しいという文を出す事にした。急ぐ話ではなく、衝車完成の頃合を見計らってもらえば良いと書き添えておくのを忘れてはいない。董清も昔に比べれば、同盟相手の趙雄を随分と頼みにし、信頼するようになってきていた。今回の兵器融通もその証であろう。昔の董清からは想像すらできない行動だが、宛での共同生活で趙雄から何か得るものがあったのか、董清自身の為政者としての成長所以か、おそらくその両方であろう。 その頃、はるか華北の地で時代を牽引してきた巨星が静かにその瞬きを止めようとしていた。 袁紹本初。曹操と中華を二分し、その領地の豊かさ、軍団規模の大きさ、人材の豊富さから最も天下人に近いと言われた男である。 だが巨大な権力を意のままに操った彼も死を前にして抗うことはできなかった。 そして巨大すぎる袁家の当主が世を去った後、かの家で待っていたのは長男と三男による骨肉の争いであった。 |
「兵を鍛えろ。鬼龍、大和達は戦支度を整えておけ。」 呉蘭隊の先兵が漢中のはるか西に姿を見せたとの伝令があり、董清は旗下の将兵に備えるように号令をかけた。だが張魯を始めとした内政官には、引き続き開発を進めるよう命じてある。例えすぐ隣の土地で戦闘が始まろうとも決して手を止めるなと。従わぬ者は容赦なく斬り捨てるとの下知もあり、董清を畏怖する官吏達は皆、必死になっていた。 魯淑瑛の尽力で、孫策との同盟が成ったとの情報が入った。宛で曹操の猛攻を凌ぎつつ、外交にも手を回す当たり流石である。今度はこちらが見せ場を作らねばなるまい。まずは呉蘭隊を殲滅して景気づけるとしよう。 桟道を必死の思いで通り抜け、やっと漢中へと辿り着いた呉蘭隊を待っていたのは、豪雨の如き矢の斉射であった。長躯してきた呉蘭隊が、漢中平野でまず一息付こうとする場所を蘭宝玉は読みきり、指示を受けた董清、鬼龍、大和、春風達がそれぞれ指揮する伏兵がその場所を包囲するように布陣していた。そんな所へノコノコと現れたのだから、呉蘭隊にとっては災厄以外の何者でもなかった。6千もの兵がまさに一瞬で全滅し、隊長の呉蘭は命からがら梓潼へと逃げ帰った。 「若、趙雄殿より使者が到着してござる。」 先を促された鬼龍が使者を通すと、弩の改良が近く施されること、荀攸を漢中方面へ転属させることへの打診、騎兵隊の創設について使者が手短に説明した。董清が快諾すると使者は喜んで新野への帰途に着いた。 「騎兵隊の組閣の件ですが、打診のあった張繍殿は間の悪いことに、現在、井蘭製造の為に兵器 工房に出かけているところです。約3ヶ月は戻らないでしょう。」 「出来る限り協力をしてやれ。宛は今最も苦しい時であろうから。」 趙雄は董清と数回文をやりとりした後、周倉と裴元紹に難所行軍訓練を課すよう命じた。 さっそく翌日から周倉と裴元紹は兵士達に重量物を背負わせた上で、泥地や浅瀬を歩かせたり、山地を3日間連続で行軍させたりと様々な試みをしている。兵士達も最初はへばっていたが、徐々にコツを掴む者達が現れて進軍が円滑になりつつあった。周信が戦の傍ら、彼らの訓練方法を教本として纏めており、いずれは荊北同盟全軍に行き渡らせる予定である。そうすれば卓越した踏破能力を備えた精強な軍隊を荊北同盟は保有する事ができるだろう。 董清は呉蘭隊を殲滅した後、一度漢中軍に都市に戻るように命じた。兵士達に十分な休養と訓練を課した後、いよいよ益州攻略に臨む予定である。 漢中では逸る将兵の気持ちを宥め、黙々と新野から伝わってくる踏破新技術の鍛錬が続けられていた。だが地道な訓練に嫌気がさしている者が大勢だった。 陽平関を寡兵で封鎖している林玲の武勇が伝わっていることもあり、兵士達は皆昂揚を押さえられない様子だ。奇声を発したり、剣を闇雲に振り回したり・・という者が出てきている。董清の厳命の下、厳しく上級官吏が目を光らせていなければ即治安の悪化に繋がりかねない。それほどに漢中では好戦的な気分に満たされていた。当初は多少の兵士の脱落は已む無しとして、強引に益州攻略に乗り出そうとしていたが、折角趙雄から申し出があったこともあり、董清が益州進攻時期を技術の確立に合わせることにしたのも遠因としてある。戦に向けて気分を高めていたところを肩透かしを食らった感じになったのだ。すでに福貴、大和の井蘭隊を攻略の主軸とし、鬼龍と董清自らが弩兵隊にて出陣することが決まっており、あとは漢中開発の進行や馬騰軍の侵略などの状況にもよるが魯蓮の戟兵隊が予備兵として内定している。だが董清の命は絶対であり、兵士達の不満を押さえつけるべく、更なる過酷な訓練を課して何も考えられないようにしようとしていた。 大和「皆に抱えてもらう重量は昨日の2倍だ。それに今日から平地でなくて、山登りすっぞ。皆、がんばれや。」 福貴「井蘭隊も例外ではありません。どんな悪路であろうと、予定通り進軍する事。気張りなさい!」 「何か一度耕した田畑をもう一回耕しなおしている気がするねえ。」 「うむ、俺もそうだ。集約した鍛冶場をもう1回作っているような。」 漢中では諸将が既知感を覚え、戸惑っていた。 「……やることはいつも通りだ。とにかく、畑を耕す。」 鬼龍が静かな声で宣告する。ここ数ヶ月余りの農場暮らしで、随分と泥沼感というか百姓らしさが出てきたようだ。 西の開発地では農場が各地で耕作中で、東では市場の建設計画が効率よく進められている。もう少し農民と人員に余裕ができてきたら、いっそのこと大農場への集約にかかっても良いかも知れない。生き残るためとはいえ、自分も随分と庶民感が出てきたものだ、と董清は自嘲する。 「目指すは梓潼!途中の関所はすべて陥落させる。交渉など悠長なことをやるつもりはない。ただちに進軍を開始せよ。」 董清の号令一下、漢中軍が出発した。福貴、大和が率いる井蘭隊が攻城を担い、董清・鬼龍がそれぞれ率いる弩兵隊が迎撃に出てきた敵の露払いを行うことになっている。漢中の開発は順調で、兵糧基地として今後大いに責を担う事が期待されている。益州攻略いよいよ開始である。 同時刻、蘭宝玉は宛の周信宛に書状をしたためていた。 『宛の防衛が成った暁には許昌を攻略できませんか?目標許昌の都・・というより漢帝です。廃帝とするなら別ですが、擁護するのであれば漢権力の中枢を握る事ができます。そうすれば今後様々な研究開発を国家の大計として成す事が出来、国家施設の使用や技術開発員の協力を得られます。開発が進めば、大いに荊北同盟の力となり得るでしょう。検討してみて下さい。』 漢中の開発に目処が付きつつある。馬騰軍の進攻を陽平関で食い止めている林玲の功績が大きいが、新太守として内政の手腕を存分に発揮している魯蓮を無視することもできないだろう。武辺一辺倒かと思いきや、意外と統率力のある一面も見せ、ますます持って彼女の素性が気になるところではある。漢中での開発が一段落すれば、占領予定の梓潼で新たなる開発に携わる者、上庸で募兵をかける者に大きく分かれる予定である。 漢王朝については董清としても何とも思っていない。復興だとかは正直どうでも良く、そういう意味では軽視していることになろう。ただ積極的に滅ぼしたいかというとそうではなく、趙雄同様使えるものは何でも使い切るという姿勢だった。国家の大義なんてものは全く持って重視していないが、それが有効であるならば手中にしておこうかという程度である。そこで趙雄から真意を確認する文が届いた時、董清は至極あっさりと『君側の奸を除き、保護奉るべし。』と返書したものである。宛でのしばしの共同生活の中で、董清の利己的な一面を知った趙雄にはそれで十分伝わるだろう。仮にこの返書が他の諸勢力に奪われたとしても、この文面を見ただけでは言質を取られる心配はない。 「こんなむさい奴らと一緒にいるよか、百倍は面白いかもね。」 蘭宝玉の誘いを受けて、宇文通は宗旨替えを約束した。陽平関の南側へ再三攻勢をかけるべく主張していたにも関わらず待機を命じられ、無能な同胞に愛想を尽かしていたところだった。何をするでもなく鬱々と過ごすのに飽き飽きしていたところだが、大軍でいることをヨシとして弛緩しきっている同胞と異なり、夜陰に紛れて自分の傍近くまでたった一人でやってきた敵軍師の度胸に度肝を抜かれたというのもあった。周囲すべて敵だらけという状況で宇文通は堂々と寝返りを宣言してみせた。と同時に傍らで惰眠を貪っていた張横隊に突進する。散々蹂躙した後、視界の端に怒りの形相で馬玩が隊の矛先をこちらに向けるのが見えた。張横隊も体勢を整えつつある。おそらくこれから自分は死地を迎えるだろうが、不思議と恐れは無かった。むしろ高揚感に満ちている。「何度でも駆けるさね。全軍突撃ー!」 漢中では長らく檻に入れられ、無頼をかこっていた雷銅が荊北同盟の軍門に下った。梓潼への進攻軍は、剣閣が福貴隊の攻撃に一週間と持たずに陥落し意気を上げたところである。 |
雷銅隊が漢中に取り付くも、董清は構わず張魯を始めとした元張魯旗下の将兵の説得に当たり、全員を傘下に収める事に成功した。 これで漢中を拠点として西涼及び巴蜀に進攻するための人材は整った。一度進攻を始めれば、その地方の勢力を一気に滅ぼすぐらいの気概でいる為、漢中にはそれを支えるだけの備蓄が必要となる。兵装や兵士、軍資金の補充は上庸に担わせるとしても、兵糧は漢中で確保できるようにしておかなければならないだろう。まだ劉璋軍及び馬騰軍が大きな力を付けないうちに短期でそこそこの内政基盤を整えねばならない。またぞろ劉璋軍は部隊を漢中へ進攻させているようである。馬騰軍の進攻は陽平関で食い止め、まずは劉璋を先に滅ぼしたほうが賢明かもしれない。 「寡兵となっても、尚我が城を攻撃する姿勢を貫いた気概は褒めてやろう。だが、退路をかなぐり捨てる奴は所詮隊長の器ではない。」 「うるせえ。てめえを討ち取ればすべて帳尻は合うんだよ。」 「できぬことを言うな。」 雷銅は対峙した董清に斬りかかるも、数合打ち合ってあっさりと捕縛された。馬騰軍は相変わらず劉辟が陽平関で足止めしている。よって漢中防衛戦は、次の劉璋軍の到来までしばらく余裕ができるだろう。それを見届けてから、張魯を始めとした新将達が一斉に開発に取り掛かった。劉辟が対峙している敵にもそろそろ疲れが見え始めたようだ。長らく睨み合いを続けていれば気力も持つまい。敵が息をついた一瞬が、転機である。その瞬間を付いて、何とか井蘭隊を退かせたい。蘭宝玉はその時を静かにじっと待っていた。 漢中では捕縛した雷銅を連れて董清が凱旋した。官吏たちは皆、それぞれの政務の為に出払っており、出迎える者はいない。当主とは思えない姿に、雷銅はふんと鼻で笑ったが一向に意に介さない董清の姿を見て考え込んだようだ。虚飾に溺れる劉璋と、あくまで実を取る彼を比較して思うところがあったようだ。 先の漢中攻防戦を経て、尚残っている施設を中心に街づくりの再生が進んでいる。やはり喫緊の課題は兵糧の確保であろう。軍屯農と農場の開発を優先する意向だが、如何せん西側の開発地は戦闘に巻き込まれる恐れがある為、思うように進められないのが悩みである。呉蘭隊を撃退してから本格的に始めようか。 劉辟を撹乱し続けてきた敵部隊もそろそろ息切れする頃だろう。陽平関をたった一部隊で封鎖し続けてきた彼の功に報いてやらねばなるまい。 魯蓮が捕虜の懐柔に成功した。馬騰軍との仲は悪くなるだろうが、漢中に攻め込んできている敵相手に今更機嫌を取るも何もなかろう。その他の官吏は内政に取り組むか、林玲のように兵の調練を行うものもいる。2ヶ月以内に呉蘭隊が漢中の喉元まで届くところにやってくるだろう。ギリギリまで引き付けて一気に殲滅する予定だ。 宛攻略の為、またも長安より増援が派遣された。逐次投入の愚を犯す事甚だしく、曹操軍の兵は見る見るうちに減少している。長安や洛陽といった大都市も例外ではなく、それぞれの兵力は2万をついに切った。最早嘗ての勢いはなく、袁紹や劉備軍に攻め込まれて版図を切り取られかねない事態に陥っている。 漢中では開発が急ピッチで進められている。とにかく市場と農場の整備が優先され、全官吏が慌しく働いていた。呉蘭隊は漢中に肉薄するまで無視することにした。 馬騰軍は陽平関にて林玲が封鎖を続けている為、心配はないだろう。 |