「射かけよ!」
蠣崎勢が一斉攻撃を仕掛ける中、 大浦城内からは鉄砲が雨霰と撃ちかけられた。指揮を執るのは軍師・沼田祐光である。間断なく寄せ手に対して銃撃し、付け入る隙を与えようとしない。ようやく銃声が止んだかと思えば、分部尚芳率いる騎兵隊が城門から飛び出し、蠣崎勢に更なる出血を強いた。
「おうおう!敵方もなかなかやりよる。」
敵ながら天晴れと感嘆して竜之介が呟いた。津軽勢の中にも智将、勇将の類がいるようである。実際、沼田と分部の連携は神がかっており、騎兵隊を包囲殲滅しようとすれば、城内からの銃撃がそれを妨害し、銃撃の死角をついて攻城兵器を近づけようとすると、騎兵隊が邪魔しに来るという按配であった。
だが惜しいかな、彼らが率いる兵・弾薬の数は、この広い戦場の中でごく一部にしか影響していない。そして全体を俯瞰してみて、ほぼ全ての局面で優勢なのは蠣崎勢だった。竜之介の先見に頼らずとも先陣を預かる准太と虎太郎の勢いがそれを物語っている。
「その首、頂戴仕る!」
槍を扱いて、二度三度と准太が津軽の将と打ち合い、相手を馬から叩き落としているのが遠めにも分かった。援軍に駆けつけた敵将をも一突きで片付ける様を見て、津軽兵はすっかり恐れをなし、准太隊が進むところ、次々と恐慌に陥るようであった。
虎太郎はというと、巧みな用兵を見せていた。自分の隊の陣形を相対する敵に応じて、次々に柔軟に変形させ、中央突破を図ったり包囲殲滅したりと、こちらもまた縦横無尽に活躍している。
個の武を極め、その己の武を以って率いる兵を奮い立たせる准太と、巧みな用兵術で兵を手足のように操る虎太郎は、武人としての種は違えど、それぞれ立派な武者ぶりを見せ付けていた。
「御子息も准太殿も立派なお働きですな。」
「なんのなんの。彼奴らめ、まだまだ青二才でござる。」
本陣から遠巻きにして、戦場を眺める伯楼が呟くと、竜之介は憎まれ口を叩いた。が、微笑を浮かべている辺り、正直悪い気はしていないようだ。
若手を中心とした蠣崎兵の反抗に遭い、さしもの分部尚芳も城に篭らざるを得なくなった。城内の弾薬も尽きかけており、いよいよ津軽兵の敗色は濃厚となった。しかし当主・津軽為信はあくまでも徹底抗戦を唱え、離反しようとした将兵は容赦なく処罰すると息巻いていた。
「ぐっ、この勢いを止めること叶わぬか。だが最後の一兵になるまで戦い抜くのじゃ。泣き言を申
した者は、誰であろうと容赦なく叩斬ってくれるわ。」
津軽為信という男、決して卑怯者でなく臆病者でもない。そして才能はというと、無能とは言えずむしろかなり有能な部類に入るだろう。だがしかし、それはあくまでも個人としての話。彼は皆が自分と同じように出来るとは限らない事をことさら認めようとはしなかった。結果が出せないのは努力が足りないからだと考える思考の持ち主だった。彼の立てた作戦が失敗するのは、作戦が悪いのではなく実行者の責任であるのだ。弱者に対して酷薄であり、無能者に対しては冷酷だった。
大浦城にいよいよ火の手が回っても、彼は落ちることを潔しとせず、沼田らの制止も聞かずに、蠣崎兵と斬り結ぶよう下知を飛ばしていた。が、最後には突入してきた准太、虎太郎ら蠣崎兵との乱闘になり、数合にも及ぶ死闘の末二人によって捕縛されてしまったのだった。それを以って准太らは蠣崎兵に鬨の声を上げるよう号令し、津軽兵には武器を捨てるよう伝えさせた。とうとう大浦城が陥落したのである。
戦後処理が行われ、津軽為信は情状酌量の余地なく、斬首されることが決まった。彼の才を惜しむ者もいたが、季広より全権代行を任された伯楼の判断は覆らなかった。
「彼が将となれば、多くの兵が死にます。」
伯楼は情報収集により、為信の気質、将としての器などを正確に把握していたのである。その判断に長老格の遼太郎や竜之介も異議は唱えなかった。数日後には為信は刑場の露と消え、ここに津軽家は滅んだのであった。為信に仕える将達は皆一度は忠義を示し、蠣崎家を主家と仰ぐことを拒む者が多かったが、遼太郎らの必死の説得により沼田や分部といった有力な将兵が新たに仲間入りを果たしたのだった。

蠣崎家は二カ国を領する大大名となった。本州に領土を手に入れたことで、最早交易封鎖される心配もなく、蠣崎家の近年の不安は払拭されたと言ってよい。だが一つの懸念がなくなっても、それは新たな懸念を生み出す土壌となるに過ぎないのかもしれない。大浦城の伯楼から齎された文を読んで季広は顔をしかめた。『東陸奥の南部家に不穏な動き有り。』
宇須岸館では北田真之丞が、小麗姫と共に研究開発の任についていた。小麗姫にとってはまさに蜜月の機会到来であり(晴雅もいるのだが、眼中に入っていない。)、真之丞に熱烈求愛中であった。こちらもまた陥落間近・・かもしれない。

PR