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「殿、由々しき事にございまする。」 季広の元に西陸奥に放っていた斥候から情報が齎された。津軽家が本州の北側玄関とも言うべき、十三港近くに砦を建設し、商人などの往来に厳しい制限を設けているとのことである。これは交易路の事実上の封鎖とも言ってよく、事態を放置すれば蠣崎家は真綿で首を絞められるように徐々に衰退への道を歩むことになるであろう。 事ここに至って、季広は家臣一堂を城に召し出し、評定を開いた。 「皆に集まってもらったのは他でもない。聞いてはおろうが、津軽家が本州の入口を閉ざそうと画策しておるようじゃ。近年の奴らの行動は目に余るものがあった。これまでは『こちらから戦の口実を与えることなかれ』と口を酸っぱくして言ってきたが、そろそろ潮時のようじゃ。そこで今後の蠣崎家の方針を定め直す必要があると儂は考える。忌憚なく意見を述べてみよ。」 季広の御意を得て、まずは兵士の調練を任されている虎太郎が末席から声を張り上げた。 「津軽家即討つべし!殿の温情を良いことに、節度を弁えぬ彼奴らの振る舞いようは最早許しておけませぬ。即座に兵を挙げ、津軽家に戦を仕掛けるべきかと心得ます。」 「馬鹿を申すな、俊勝!」 ご意見番の山中竜之介が一喝するが、虎太郎はいつもと違い父親に窘められても引き下がろうとはしなかった。 「父上は彼奴らの暴挙を見過ごせと申されるのか!?」 「・・誰もそんなことは言うておらぬ。」 竜之介が嘆息を交えながら、季広を見やる。季広は続けろとばかりに頷いた。 「御意を得て、私の存念を申し上げます。ここ蝦夷より陸奥の地までは、歩兵の足と船旅を合わせて約3ヶ月の時を必要とします。無理な遠征は兵站を困難にし、一度戦に敗れれば、兵の退却は至難を極めましょう・・・」 気色ばんで准太が声をあげた。 「山中様の申されよう、一々最もでございます。では我らは津軽家に一太刀浴びせることは叶わぬのでありましょうか。」 「准太、そうではない。私は無理な遠征は禁物と申しておるのじゃ。まずは・・」 その壱 函館港の近くに支城を建て、前線拠点とする。 その弐 十三港を押さえ、そのままの勢いで砦を陥落させる。 その参 砦跡と大浦城の間に再び支城を築く。 その四 支城を新たな拠点として津軽家の版図を少しずつ削りとっていく。 山中竜之介という男。齢は五十を過ぎ、老境に差し掛かった今、若かりし頃の筋骨隆々な体つきは最早見るべくもない。髪は随分と白いものが交じり、声の張りにも艶がなくなって久しい。しかし精悍な顔つきは見る者の居住まいを正させ、鋭い眼光に晒されれば臆病なものは逃げ出してしまうほどであり、准太や虎太郎に至ってはまだまだひよっ子扱いである。老いて益々意気盛んな武者ぶりであった。 結局、これといった異論もなく、竜之介の示した策が季広によって取り上げられた。季広は早速、宇津井伯楼を軍事奉行に任じ、兵の増強を命じた。また准太には函館築城に当たって最適の地を探すよう命じた。また真之丞には財政の大掛かりな出動を許可し、破綻せぬ範囲で伯楼や准太の要望を叶えてやるように命じた。虎太郎には引き続き兵の調練を行うよう申し渡すのも忘れてはいない。 季広の命が全員に行き渡ったところで、評定は終わりとなった。 別室に下がった竜之介は遼太郎と共に庭を眺めながら、先ほどの評定を回顧していた。 「しかし何も私に言わせなくても、お前の策はお前自身で言えば良かったんじゃないか?」 「良いんだよ。どうせ俺が何言ったって、愛息が反発するのが目に見えてるし。ぐすっ。」 「・・若い頃と違って、すっかり涙もろくなったな、お前。」 「うるさい。お前は落ち着きすぎだろーが。年寄りくせえ。」 「はは。ともかくあいつ等はまだまだ危なっかしいところがあるからな。私達がある程度導いてやらねばなるまいて。」 「それこそ上手くいくとは思わん方がいいぞ。俺らも年を取ってしまった。」 「まあ布団の上で死ぬことは叶わんかもなあ。だが戦場での討死は武士の本懐、望むところじゃて。」 遼太郎と竜之介のいる部屋とはちょうど庭を挟んで向かいに当たる部屋では、蠣崎慶広の長女・伊予が髪結いの儀に臨んでいた。祖父季広からは、蠣崎家の姫としてどこに出しても恥ずかしくない娘だと可愛がられている。 「ああ、准太様・・。」 ここにも恋に恋焦がれる娘がいた。