北田義孝、香里夫妻に子供が生まれた。
とても愛らしい男の子で、早々に元気な泣き声をあげては義孝をオロオロさせていた。小さな赤子に振り回されっぱなしの姿は、戦場や朝廷内での堂々とした立ち居振る舞いをする彼からはおよそ想像できないものである。
「こういう時は男って全く役に立たないものね。」と母親の逞しさを早速見せ始めている香里に呆れられるも、何も反論できずに頭を掻くしかなかった。
主君・晴元も慶事を聞いて大いに喜び、祝いの品々を贈った。主君から立派な贈り物を頂いた新婚夫婦は大層喜んだという。

細川家の強大化に脅威を感じていた武田晴信は隣国の斎藤家、上杉家に呼びかけを行い、武田家を核と成す大連合を結成した。思わぬ強敵が東に出現したことで、長慶は主だった重臣を集めて評定を開いたが、対細川包囲網の為に兵を長期に渡って酷使し続けてきた現在の状況では、新たな出兵を行うことは早々にできるわけもなく、前線となる小谷城を中心として東の守りを固くして敵の襲来に備えることが決したのみだった。
評定ではその他に、遼太郎と竜之介、晴雅が新たな要職に就く事が決まった。武田家の脅威に対抗する為にも、細川家中の軍事的功績をほぼ独占している彼らの発言力をより高めようと、晴元が計らったのだった。三人は引継ぎを兼ねて、評定の後もしばらく京の都に逗留していたのだが、夜は毎晩のように北水館に通っていた頃の思い出を肴に酒を酌み交わすのだった。
「最近どーなんすか、竜さん。」
「どうって何が?」
「もートボケちゃって。咲さんですよ。昔から憎からず思ってたんでしょう。同じ近江の地にいて何も進展はないんですか?」
昨今、小谷城の改築作業や城下街の開発が急ピッチで進んでいるのだが、竜之介は咲とたまたま同組の作業班になったことで、何かと一緒にいる時間が増え、ささやかな幸福をかみしめていたところだった。評定の為に京に呼び出されたことで、その幸福を霧散させる元凶となった武田家には、少なからず怒りを覚えている。
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