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【2024/05/20 15:10 】 |
華燭の典
安定の獄に繋がれたはずの青年の姿はなかった。折しも先刻まではそこにいた事の証として、彼の匂いがしている。牢番に尋ねると、釈放されたという。尚も言い募ろうとする牢番の言葉を皆まで聞かず、魯蓮はそこを飛び出した。
 一刻も早く彼に会いたい。そして詫びたかった。忘れていた事を。悲しい想いをさせてしまったことを。だから城の高台で一人佇む彼の姿を見たとき、思わず魯蓮は走りよって、彼の胸に飛び込んでいた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・。」

 馬超は泣きじゃくるばかりで謝罪の言葉以外口にしない彼女に、最初は戸惑っていたものの、ふっと微笑んで彼女をそっと抱きしめた。
「もういいよ。」
 彼女が記憶を取り戻したことは、父からの便りで聞いていた。父は董清と直に話をして、彼の器の大きさに感じ入るものがあったようだ。過去の因縁はきっぱり洗い流して、一つの旗の下で働くことを誓ったそうだ。馬一族や部下たちも続々と馬騰に続いて梁軍入りを表明しているらしい。元々梁軍は無益な殺生を拒まず、善政を敷き民の評判も高い。為政者とそれを支える将軍・軍師の噂は隣国にも鳴り響いていた。そして何より梁には桂之がいる。最早馬超に梁を拒む理由はなかった。

 
 数日後、馬超と魯蓮はささやかながら結婚披露をしていた。
 再会してすぐな為性急すぎるように見えるが、彼らにしてみればもう何年も待ったのだ。遅いぐらいだった。
「それではさっそく馬超、魯蓮両名の婚礼の儀を執り行いましょう。」


 
 馬一族と梁軍の官僚諸将が共に新夫婦を盛大に祝った。馬騰軍と梁軍が真に一体となったことを象徴するような式典だった。

 
 新しい未来が待っている。長い確執を経て、西涼に明るい希望が差した一日となった。 
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【2014/06/14 00:21 】 | 三國志 | 有り難いご意見(0)
取り戻した記憶
 
 武威までの距離も道半ばというところで、前方に河が広がっているのが見て取れた。
「浅瀬を探せ。」
 部隊には投石機もある。移動力に難を抱えるこの兵器が渡河しているところを狙われてはたまらない。攻城における生命線である為、万難を廃す必要があった。幸い、馬騰軍が迎撃部隊を出撃させた様子はない。今のうちに可及的速やかに、北岸へと展開したいところだ。

 
 はるか彼方に砂塵が見える。渡河を終えたばかりの董清に迫り来る敵部隊の情報が伝えられた。
「敵騎馬隊を確認。その数、およそ6千。旗印より将は成功英と思われます。」
「ほほう、天水にて最後の一人になるまで防衛の指揮を執った将でしたな。」
「気骨ある奴じゃねーか。ま、いくら見所はあっても3万に6千で対抗しようたあ、馬鹿のすることだわな。」
「意地・・でしょうか。戦わずして降伏する、という道を馬騰軍は選べないのでしょうな。」
「どちらにせよ。このまま一戦も交えずして終わっては拍子抜けもいい所だ。全軍に通達。全力を持って迎え撃て。」
 董清の下知を受け、鬼龍と大和の隊が展開を始める。
 
最早十八番と言える董清軍の包囲攻撃が始まった。火矢と投石の集中攻撃が成功英隊に襲い掛かる。
「くっ。このままではいかん。」
「英!下がれぇ。」
せめて一矢でも報いんとして、隊をまとめる成功英だったが、そこに若く瑞々しい声が届いた。


 成功英の苦戦を見て取った馬休が4千足らずの兵を率いて急行したのである。
「わ、若!」
「兵を無駄に死なせるな。ここは私が凌ぐ。お前は生存者を武威に返すのだ。」
 馬休が槍を振り回して、縦横無尽に旗下の兵を動かして、周囲の董清軍を牽制する。一時的にその勢いに押されて、包囲陣が崩れた隙を見て、成功英がわずか数百となった兵をまとめて囲みを突破した。
「お前らに武威の地は荒らさせねえ。誰も死なせねえよ!」
 部下の離脱を見届けた馬休は注意を自分に引き受けるべく馬上で吼えた。半ば自分達の安息の地に到来した侵入者達への怒りも混じっている。

「まるで我々が悪のようですなぁ。」
「あながち間違いではあるまい。戦乱の世であれば、立場や見方が変われば善悪なぞいくらでも移ろうもの。」
「ああ、大事なのは己の信念を貫く覚悟だ。鬼龍、大和間違っても俺達が正義だと勘違いするなよ。」

 戦いがあれば、そこには必ず人死が生まれる。それがいかな聖戦であろうと、私利私欲に塗れたものであろうと関係ない。敵方の兵やその家族にしてみれば憎悪の的である。董清は別に詫びるつもりも媚びるつもりもない。ただ率直に憎悪を受け止める覚悟はできている。戦のない世を作る為、自分は悪であろうと構わないとさえ思っている。許せないのは己を正当化して、弱者を民を平気で殺すような輩であり、強者であることに驕るものたちだ。そんな連中を駆逐するため、自分は悪であろうと、忌み嫌われようと何でも良い。
ただ只管太陽の下で正道を歩むのは梁王に任せておこう。民に暖かな光を送るものは確かに必要だからだ。

 
 鬼龍隊から放たれた火矢は確実に馬休隊の兵馬を沈黙させていった。さらに董清、大和隊から放たれる岩石が飛礫となって、4千の兵を襲う。如何に志が高く、その思いが純粋であろうと、馬休のそれは力が伴わない弱いものだった。力なき思いは、儚いものである。見る見るうちに兵を失い、馬休は歯軋りをしながら馬首を翻すことになった。半ば自暴自棄になって、董清隊の本営目掛けて突っ込んだのだが、彼の槍は終ぞ届かず、ただ親衛隊を失うばかりだった。
『もっと力を付けてから出直して来い、青二才。』
遠目に見えた敵将からそう言われた気がして、無性に腹が立った。もう一度敵将の顔を確かめようとして、振り返った馬休の視野に不思議な光景が映った。いるはずのない人を見た気がしたのである。とっくに死んでいた者として諦めていた人だった。あまりのことに一瞬面くらう。自分の初恋の人。だが、彼女は兄の事を愛していて、兄もまた彼女のことを愛していて、自分はそんな二人を祝福しようと、そっと淡い想いを封印したのがついこないだのことのように思い出せる。
「あ、あれは・・・いや、まさか!?」

 
 その後、馬休が再度兵を率いて、董清軍に急襲を仕掛けてきたが、聊か精彩を欠いており、董清に作戦を看破された挙句、完膚無きまでに叩きのめされて武威へと帰っていった。大和はこれ以上抵抗できぬよう、馬騰軍の後方支援を先に潰しておくことを提案し、董清の承諾を受けると、早速兵舎の破壊に取り掛かった。投石機の強烈な一撃を受けて、兵舎は跡形もなく崩れ落ちた。


 同時期に、密名を受けた張松がとうとう陽平関の攻略を開始した。すでに抵抗する気力を失っていた関はあっさりと陥落し、守将楊秋はあっさりと降伏してみせたものだった。大多数の将兵は武威を目指して逃亡したようだが、最早武威にも抵抗を試みるだけの兵はなく、早晩彼らも同じ運命を辿るであろう。

 
 武威の鍛冶場、工房、兵舎、厩舎が悉く破壊され、武威城は丸裸同然となった。残る兵も既に2千を切っており、抵抗すらままならない。迫り来る董清軍という名の死神の存在に民はただ怯え、兵は臍を噛むしかなかった。
 西涼軍総大将・馬騰は私室でただ只管にその時を待っていた。支城は悉く敵の手中に落ち、長子馬超は敵に捕らえられたまま、生死すら定かでない。一時は曹操の魔の手から長安を奪還し、正義は我らにあり!万歳!と喝采を浴びたものだが、それも遠い過去のようである。
 けちの付き始めは、漢中争奪戦で董清率いる新興勢力に先を越された時だった。あの時は、然程気にしていなかった。当時新興勢力は曹操軍とも宛で激突しており、西涼軍と事を構えて2正面作戦になる愚を犯すはずがないとたかを括っていたのだが。だが彼らは曹操軍を追い詰め、帝を保護し、その後も益州や荊州を手中に収めてどんどん勢力を拡大させていった。
 その間、自分達はというと長安こそ奪還したものの、漢中や宛への遠征に幾度となく失敗を重ね、見る見るうちに版図を維持できなくなっていった。
 今、民が嘆き、将兵が苦しんでいるのは長期戦略をまともに描けなかった自分にある。だが愚将と言えど、責を負うことができる。この首一つをかけて董清軍と交渉し、皆の命を救えるのなら安いものだろう。ただ静かに思い残す事のないよう、心の整理をしていると息子の一人が泡を食ったように部屋に飛び込んできた。
「父上!」
「なんだ、騒々しい。」
 その後の馬休の話に、死出の旅路の準備を進めていた馬騰もさすがに目を丸くした。なんと死んだと諦めていた娘同然の桂之が生きていたというのである。しかも敵方の将として。

 

「分かった。降ろう。」
 董清の問いに答えたのは馬騰だった。眼下の董清という男を見ていると、世代交代という言葉を強く意識させられる。老いたる自分と、若く瑞々しい彼とをつい比べてしまうのだ。馬騰の返答を聞いて城内のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえだした。老若男女を問わず、戦況が絶望的な状況を承知した上で、ただ自分を慕って残ってくれた民と兵がここにいる。彼らをこれ以上、不幸にする訳にはいかない。
「受諾する。」

 
 そして開かれた城門からまず鬼龍が先陣を切って入城した。これからいろいろと戦後処理が進められるだろう。馬騰軍はここに消滅、西涼は実質的に梁王の版図の一部となった。

  五虎将軍を3人も擁する武威では、兵たちの意気が上がる事、滝を登り天を駆ける龍の如しであった。武威に入城してから善政を敷く梁軍の人気は高く、武威の民達も徐々に梁軍の支配を受け入れ始めている。

 
武威城の一角で林玲、福貴、魯蓮の3人は、酒食を持ち寄り、義姉妹の誓いを交わしていた。予てから示し合わせていた3人である。西涼制圧が成り、ようやく人心地が付いたところで、契りを交わすことにしたのだ。

「私達3人はここに誓う。生まれは違っても、真の姉妹の如く人生を共に生き行く事を。」
 

「こんなに頼れる義姉が出来て私は幸せです。義姉上、今後ともよしなに。」


「姉妹3人が集えば怖い物などありません。この絆は誰にも壊せません!」

 
儀式が終わると義姉となった福貴は魯蓮に告げた。
「さ、早く行きなさい。愛しい人の下へ。」
「姉さま・・・。」


 福貴の優しい眼差しを受けて、魯蓮は頷くと、厩舎に待機させていた愛馬に飛び乗り、安定へと向かって馬を走らせた。安定にいる彼の下へ。すでに馬騰や主だった将は、董清の招聘を受け、梁の国への忠誠を誓っている。その長子・馬超も魯蓮、いや桂之の説得を受ければ拒みはしまい。必ずやその想いは届くだろう。

 

魯蓮(桂之)が馬超の下へと向かった。片道10日という道程である。帰りには連れが出来ている事を福貴は努めて願った。やっと記憶を取り戻し、人生を生き直す事ができるのだ。



 上庸では春風、蘭宝玉、宇文通の3人が義姉妹の契りを交わしていた。昨今の董清軍における仲介ブームに乗った訳ではないが、息の合う3人で固い結束を誓ったのである。
【2014/06/11 23:28 】 | 三國志 | 有り難いご意見(0)
西涼遠征~終わりの始まり~

董清は鬼龍と魯蓮を引き連れて天水城を後にした。いよいよ武威攻略軍を進発させる予定である。大和や福貴、林玲が手はずを整えているはずだ。武威を落とせば、西涼に最早敵はいなくなり、梁国としても後背を気にせず、袁尚や孫策と相対することが可能になる。
それと同時に、宮廷内では実しやかにとある噂が流れていた。もし武威を支配下に置く事ができれば、趙雄は24群を治める史上類を見ない大国の主となる。この功績に報いるには、もはや天子しかないのではないか、と。下らぬ事を申すなと宮中の者達を窘めてはいるが、人の口に戸は立てられぬものである。

  
董清軍が再始動を始めた。とうとう武威に篭る馬騰軍に引導を渡すべく、安定を進発したのだ。総勢3万1千。対する馬騰軍は1万3千というところだから、ざっと2倍強の兵力である。攻城兵器を有しており、油断さえしなければ勝利は確定的だが、董清は圧倒的勝利を望んでいた。馬騰軍の将兵を心から屈服させ、速やかに西涼軍閥を解体し、自軍に取り込みたいのである。漢中にて陽平関を見張る張松には頃合を見計らって陽平関に攻め込むように話を付けてある。

時は動き出す。

 
新野で弩の改良版の開発が始まった。強度を上げて、これまでの倍の射程にするのが狙いである。もし開発が間に合えば、前線に出ている兵たちにも供給されるよう、量産体制は整えてある。折しも新野に大量の資金を供給すべく、春風が到着しようとしていた。天水、安定では内政の充実が図られており、武威に攻め込む董清軍の援護を行う予定である。
【2014/06/07 23:33 】 | 三國志 | 有り難いご意見(0)
姦雄の最期

 実験場の核部分の再建設が完了し、次週には外壁部分を建設したら完成である。春風と張魯の任務もようやく終わりが見えてきた。新野で研究資金が枯渇しつつあるとの報告が入った。あと1回大掛かりなテーマをこなせば、次はないとのことである。由々しき問題ではあるが、当座の研究費は近場の宛から支援してもらって凌ぎ、恒久的にはまとまった金額を上庸から輸送することにする。


「段超殿の協力に感謝しませんとね。」
 蘭宝玉は胸を撫で下ろした。突然の頼みにも関わらず、荊州総監が快諾してくれた事はありがたい。これまでの言動から金に固執する吝嗇型の官僚ではないとは思っていたが、やはりその解釈は間違いではなかったようだ。必要な時に必要な所に必要なだけの資源を集中させる。大商人だっただけあって、経営の要点をよく理解している。
 新野の研究員には現在の軍制を誰もが納得するように改定する方向で検討せよ、と伝えてある。漢王朝の頃から続く軍規を踏襲しているが、差別的な旧体質の制度を運用していては、いろいろと弊害があった。有能な将にもっと多くの兵を指揮させることが出来るよう、たたき台が作成されれば、さっそく梁王に上表して規律を改める所存である。


宛攻防戦の頃より、長らく続いた曹操軍との戦に終わりが近付いている。乱世の姦雄も次代を担う新しい勢いに抗えることはできない。洛陽攻略と同時に内政や技巧研究を継続し発展させている連中なのだ。物事を見ている視野の広さが違いすぎた。豊富な資金、兵糧、兵装は政の充実を物語り、名将、官僚の人材の豊富さは梁王を初めとした幹部層の懐の広さを示している。戦いの初期にはそれらはまだ十分でなく、それ故宛での戦闘は1年にも及ぶ激闘となった。しかし勝機はすでにそこで尽きていたと言って良い。その後の戦力差の拡大する様は日増しに早まる一方だった。だからこそあの宛での戦闘で勝利しておかなければならなかったのだ。曹操にとって最大の不幸は、同じ時代に趙雄、董清といった傑物と生まれたことである。そして彼にとって最大の愚行は全軍を持って、早々に彼らを潰しておかなかったことだろう。北方最大勢力の袁紹を置いて、当時無名だった彼らに全力を注げというのは神ならぬ身には土台無理な話だが。


「ようやく輜重隊がやって来たな。」
 天水の側道を漢中からの輸送隊が通過していく。行き先は安定だ。天水城にて市場開発、農場開発の指示を出していた董清はふと砂煙を巻き上げながら北進する荷車の集団を見やった。即、馬騰軍を追い詰めず、時を与えたのは降伏する兵や民を受け入れんが為であった。だがそれももう落ち着いたようである。今武威に残っているのは、あくまで主君に忠義を貫かんとする将兵と民のみであった。できればそういう忠義の士こそ、董清が手に入れたい者達である。だが、それがままならぬのは道理である。
 東では趙雄自ら率いる軍が洛陽に篭る曹操を追い詰めているらしい。そろそろこちらも行動に移す時だろう。董清は配下の将軍達に今取り掛かっている内政が終了次第、安定へと移動するように命を出した。


 春風率いる輸送隊が新野へと出発した。隊と呼ぶのもおこがましく、7万もの金を携えておきながら、わずかな供回りだけの構成である。春風その人はもともと鬼龍を師として武芸のたしなみがある。董卓死後の動乱の時代、董清を守る為に会得したものであり、常人では彼女を斃す事は難しかろう。とは言え、わずかな人数で旅をするのはやはり危険である。それを一切顧みないのは生来の剛毅さ所以というべきか。

 
「そうか。逝ったか。」
「命乞いを一切せず、自ら刑場に足を踏み入れたとか。潔い最期だったそうです。」
 董清が天水での内政を終えて、安定に向かう身支度を始めていた頃に、曹操斬首の報が届いた。父・董卓と覇を競った英雄がまた一人消えたのである。感慨を覚えたわけではないが、董清は彼の冥福を静かに祈った。時代を作り上げて来た者に敬意を表したのだ。これからは次代を担う者として、趙雄と自分がその任に当たることになろう。後世の者達に称賛されるか、唾棄されるかは知る由もないが、ただ己の信じる道を突き進むのみである。
【2014/06/03 00:16 】 | 三國志 | 有り難いご意見(0)
激化!洛陽攻防戦

安定は董清の目論見どおり、あっさりと陥落した。董清が投石機を前面に押し出して威圧しただけで、最早これまでと悟った一部の城兵が降伏の意思を示し、深夜こっそりと城門を開いたのである。一気になだれ込んだ董清軍に対して状況把握のできていなかった成公英が捕縛され、程銀ら他の将は武威へと逃亡した。安定城攻略を賀して、内外より反旗を翻した地元の豪族の謁見を一つ一つこなして、解放されたのは夜半のことであった。
「お疲れ様です。慣れぬことをされましたね。」
「ふん、顔を売れ、名を売れと唆したのはそなただろう。」
「確かにそうですが、小物相手ににこやかな笑顔を見せるあなた様を見てると、笑いを堪えるのがもう苦しくて苦しくて・・。」
この後、憮然とした董清を宥めるのに、福貴は半日以上も費やす事になる。

安定を攻略後、犠牲の全くなかった董清軍にあっては、すぐにでも武威攻略に向かおうとする意見も少なからずあったが、戦乱により悪化した安定城下の治安を放置する訳にもいかず、しばらくはここ安定で基盤を固める事になった。何より現状の兵糧では馬騰軍の本拠を陥落させるにはやや心許なく、天水方面には内政が一段落したら輸送するように伝えてある。それまではしばらくここ安定に腰を落ち着けて、地道に内政を行うことになるであろう。

 
「政令の整備ですか。」
「そう。治安の乱れは民に不安を齎します。それは梁王や董清様の望むところに非ず。その為には政の仕組みを根本から見直さねばなりませぬ。」
「しかし、我らにその大任が務まるかどうか。如何せん、我等は学問ばかりの青瓢箪揃いですから。政のまの字も知りませぬ。」
「黄権殿、あなたは何か心得違いをしているようですね。私はお願いをしているのではありませんよ。・・と、皆まで言わせないで下さい。」
「・・・御意。」
「答えに否はありませぬ。できぬかできないかではなく、やるのです。そこの二人も分かってますね!」
「ひっ。」
「は、はひぃ!」
蛇ににらまれた蛙の如く、賈逵も張春華も縮みあがった。そしてコクコクと首肯を繰り返す。
数々の技術開発を成し遂げてきた3主任研究員の功績は既に相当なものである。だが彼らにその自覚も驕りも全くない。すべては黒軍師の巧みな人身掌握術によるものだが、実情を知るものはいくら地位と名誉を与えられるとしても、誰も彼らに取って代わりたいとは思わないであろう。

 
安定、漢中、上庸で奇しくも同時期に市中取締が行われた。小悪党の捕縛やら、揉め事の仲裁やらが行われ、民の満足度は高い水準で保たれることになった。元々董清が各地に治安を最高水準に保つよう配下に命じてあることもあって、董清が掌握している都市では開発や軍事行動よりもまず治安維持が優先されているのだった。上庸では実験装置として使用している石壁の耐久力にそろそろ限界が近付いている。一度壊して、再建設する必要があるが、その間研究が止まってしまうのがやや残念であった。

天水で農場開発、安定で市場開発、漢中で市中警邏、董清軍は東の動きと対照的に地味な日々が続いている。武威に篭る馬騰軍は戦戦恐恐とした日々を送っているが、特に兵卒に至っては突如訪れた平穏の日々に逆に耐え切れず発狂しそうになる者も現れた。西涼討伐に赴いた董清の意図は明らかであり、残すところ武威1群となった馬騰軍の命運は風前の灯だったからだ。いっそ楽になりたいと願う者が現れたとて、不思議ではない。

 
周信と白宗の研究記録を元に次なる研究テーマが決まった。もともと上庸から送られてくるデータ量が膨大な為、それらを捌く新野研究員達も休み暇がほとんどない。常に何かを研究しているという状態で、荊北同盟の技術の発展速度は他の勢力からすれば目を見張るものであった。特に黄権ら主任研究員の功績は凄まじく、ゆくゆくは高い地位に叙せられるとの専らの噂である。ただ彼らに言わせれば「地位や名誉よりも休みが欲しい。」とのことであるが。

 
「洛陽西方地帯での激戦が始まったようね。大丈夫かしら。」
今回の古都攻略戦には蘭宝玉は指図を一切出していない。後進を育てると言う意味でも、全面的に周信に指揮を任せている。蘭宝玉は趣味、もとい軍底上げの為に新野の技術開発と上庸の応用実験遂行に精力を注いでいた。西側の攻撃、東側からの攻撃ともにそれなりの兵を注ぎ込んでいる様子だ。更に後方からは輜重隊を送り込んでおり、兵站も万全である。さすが周信というところだろう。さて西側の方ではお返しとばかりに曹操軍も火攻めを敢行したようだ。あおりを食って張繍隊が混乱したようである。

 
洛陽西部戦線はまさに総力戦となっていた。戦場の各所で炎が上がり、大勢の人が得物を手にして戦っている。そして炎に包まれながらも、兄の命令を悠々と待つ紀横の胆力は相当なものであろう。曹操軍は火球を転がし、いくつかの部隊は被害を蒙ったようである。


「不要部分の解体がようやく終了したわね。」
「解体というより燃やしただけですが・・。火ぃまだ残ってるし。」
先日より、上庸の実験施設の省スペース化の為、春風と張魯は約5千程度の兵を引き連れて、不要部分の破壊に取り掛かっていた。最も肝心な宛との陸路の往来を塞いでいた部分の取り壊しを終えて、ようやく人心地が付いたところである。
「後は核となる中央部分の再建設だね。」
「はい。ですがその前にいい加減、目の前の火を消しません?」
【2014/05/31 18:03 】 | 三國志 | 有り難いご意見(0)
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