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心地よい陽気が窓から光を投げかけている。季節の変遷に伴い、最近掛け布団を一枚減らしたがそれでもじっとりと汗ばむようになった。春風はゆっくりと身を起こして窓の外の様子を眺めた。ここのところ鬼龍も董清も福貴ですら、開発の陣頭指揮で忙しいらしく邸内は静かだ。少し前までは庭で鍛錬を積む鬼龍や董清の掛け声や、憎まれ口を叩く福貴の声が朝早くから聞こえていたというのに・・。ふと、自分だけが時間の流れから取り残されているような気がして、寂しくなった。
これまでの人生は、客観的に考えても激動と呼ぶに相応しいものだった。家族の生計を支える為、やむなく娼婦に身をやつした事も。皆から魔王と恐れられる男の目に留まり、荒波に飲まれる小船の如く、ただ求められるがままに受け入れたことも。男児を授かり、やっかみと羨望の中で子供を守る為にどんな仕打ちにも耐えたことも。魔王の死と共に、人々の粛清から逃げるようにして都を脱出したことも。すべては遠い過去のように今は思える。董清は父親に似て、強く自信に満ち溢れた男になった。他人に心を許さないところまで瓜二つだ。いくら本人が父親を否定しようとも、やはり血は争えないということか。 董家にいる間は、何もかも使用人たちがやってくれて、自分はまるで人形のように感じ、居場所がなかった。仕方なく董清に帝王学や兵法を教える鬼龍の授業をよく一緒に聞いたものだ。無論内容はさっぱりだが、寺の門番が経を唱えられるほどには覚えてしまった。 政治の場や戦場では何の役にも立たなくとも、迷惑をかけない程度には動 けるだろう。幸い護身用にと鬼龍から教わった弓の稽古は毎日欠かしていない。並みの男ならサシで戦っても遅れを取るつもりはない。 「私ばかり寝てるわけにはいかないわね。」 これまで散々苦い人生を生きてきたとは思えないほど、力強い声と共に彼女は飛び起きた。 許昌、長安、陳留いずれの地においても市街地の整備が進んでいることが密偵からの報告で伝わった。 鬼龍「趙雄殿からの使者の申すとおり、今徒に時を費やす事は曹操軍を利することに繋がります。性急に事を進めることが肝要かと。」 董清「ああ。だが上庸のような辺境の地ではなかなか兵が集まらぬ。今上庸の防備を捨てて、攻撃に全精力を傾けても動かせるのは1万が精々だ。漢中の張魯を牽制しつつ、軍を動かすにはまだまだ金が要る。兵糧との兼ね合いもあるゆえ、募兵は兵装等の準備が整った後に集中して一気に行うつもりだ。」 鬼龍「確かに。使者殿には『当地の事情を鑑みながら、迅速に事に当たる。』と伝えましょう。」 鬼龍「新野で鍛冶場が拡充されつつあるようです。」 董清「元々新野は槍専門の製造職人が多い土地柄だと聞く。鍛冶場を充実させれば、自ずと槍の献上数も増えることだろう。」 鬼龍「商人に身銭を切って購入することなく、兵装が潤うという訳ですな。羨ましい限りです。」 蘭宝玉「ここ上庸とて、馬鹿にしたものではありませんよ。昔からここには兵器の開発に長けた者たちが多く住んでいます。工房さえ作れば、きっと彼らの協力を得て、安い費用で良い兵器を作る事ができるでしょう。」 鬼龍「そういえば春風様が最近農場を耕しておられるようで。ご母堂自ら鍬を振るっていると、兵や役人達の士気も上がっております。」 董清「自分ばかり楽をしておられぬとの仰せだ。元々後宮でひっそりと暮らすような性分ではいらっしゃらなかったがな。」 苦笑しつつ、董清は新野から連絡のあった人材名簿に目を通した。確かに黄巾の残党上がりの者達が汝南にはいるようだ。だが武辺者ばかりで趙雄が頭を悩ませるのも無理はない。しかし・・・。 董清「来る宛攻略時に留守居役が必要となる。この劉辟という男は、大勢力となった曹操に抗う姿勢を辞めぬ気骨の士だ。彼を旗下に加えたいが。」 鬼龍「残念ながら我らは魅力に欠ける鼻つまみものばかり。登用に応じてもらえそうにありませぬ。ここは一つ新野側にご依頼されてはいかがでしょう。」 董清「良し、頼んでみよう。」 まもなく鍛冶場の建設が完了する。さらに董清はそれらを集約させて生産効率の高い大鍛冶場を完成させるつもりだ。空き地には兵舎を建設し、それらも同様に集約させる。余った土地には工房と魚市場を建設予定だ。大和は長江の旨い川魚を毎日食べられるようになると喜んでいる。彼自身の食欲はともかく、上庸の民の食卓が潤うのは良いことだ。治安は兵士の順回数を増やし最高水準で維持されているし、市場の建設は最終段階に入った。春風が携わる農耕地の開拓も恙無く進んでおり、民は真面目に働きさえすれば三度の飯にありつけるようになった。今が戦乱の世でなければ・・・蓬莱信はそう思わずにはいられない。今が戦乱の世でなければ、上庸は山と川の幸に恵まれた豊かな都市になるだろう。だが戦乱の世でなければ、董清のような男に日が当たらなかったことも事実である。 彼は今蓄えた富をさらなる野望の拡大の為に使おうとしている。そして新たに得た土地の資源を使ってさらなる領土拡大を進めるのであろう。あくなき野望の果てに何が待っているのか。彼女には分からない。しかし一度主君と定めた男に、彼女は一生付き従う覚悟はできている。そう、無実の罪で処刑されかかったところを救われたあの日からずっと。彼は冷徹だが、冷酷な男ではない。願わくば彼の野望の果てに、民の幸福が待っている事を切に願わずにはいられない。 PR |
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